2008年07月27日

ヤキニクヤケタカ?

一つ前のエントリで「コリアン世界の旅」について触れたのでついでに。焼肉の話がおもしろかったのでメモ。「焼肉は日本発」って話

正確に言うと「卓上焼肉が日本発祥」ということらしい。背景にあるのは「無煙ロースター」の開発。焼肉屋にいくと天井からぶら下げてある例のアレだ。

いまではいろんな形があると思うんだけどもともとは日本の「シンポ」という会社が開発したものらしい。以下、引用部は「コリアン世界の旅」より抜粋

 焼肉をすると、当然のことながら煙が出る。かつて焼肉屋といえば、煙がもうもうと充満し、壁はすすと油でべたつき、店を出ても服や髪の毛の臭いがこびりついて離れない。白いワイシャツを着て焼肉屋には行けないと言われたものだった。そうした難点を、いまから十五年余り前にこの人が解消した。煙の出ない「無煙ロースター」の開発である。


これによって内装に白をつかえるようになったり、女性客が増えたりして焼肉屋のイメージがガラっと変わったらしい。

そんで無煙ロースターが業界に広く流通するようになったのは「食道園」という店が取り入れた影響らしい。なんでも日本でもっとも古くから続いている焼肉店(since1948@大阪)とか。当初は「平壌冷麺」を名物としていて焼肉が人気が出たのは開店から二、三年してからなのだそうだ。

 林光植の長男で食道園・現社長の江崎政雄によれば、食卓の上で肉を焼いて食べるという調理法は、もともと朝鮮半島にはなかった。「かんてき」、つまり七輪に炭火をおこし、網を載せてその上で肉を焼く、このやり方はあった。
「だけど、テーブルの上にかんてきを置いてお客さんに食べさせたのは、まぁうちの親父が最初やろうねえ。こんなんいうたらおこがましいかもしらんけど、そういう意味で、ここが『焼肉文化』の発祥の地なんですわ」


 食道園はそれ以降も力道山とか美空ひばりなんかの御用達になったりして人気の店になっていったらしいんだけどここが1980年の秋に無煙ロースターを導入したらしい。そんでそれから三年もしないうちに新規店舗には必ずといっていいぐらい無煙ロースターがつくようになった、と。



こうやって見ていくと無煙ロースターと卓上焼肉は直接関係ないみたいだな。たしかに卓上焼肉自体は日本発っぽいんだけどそれは無煙ロースター以前からあった、と。関連でこの辺とか

 韓国で「焼肉」と言えば、普通は「プルコギ」を指す。ハングルで「火の肉」を意味するこの料理は、だが、日本の焼肉とは似て非なるものだ。韓国では、真ん中がこんもり盛り上がった鉄鍋に、タレをからませた肉をどさりと載せて焼く。この鍋は誇張するとスペインのソンブレロのようにな形で、流れ落ちてくる肉汁はソンブレロのつばのところで受け、肉を少しつけたり後でうどんを煮込んだりして食べる。日本の焼肉よりは、ジンギスカンに近い。
 いま日本にある焼肉のスタイルを作り上げたのは、私は断言してよいと思うが、在日韓国・朝鮮人と帰化者たちなのである。食道園の社長で全国焼肉経営者協会の会長も務める江崎政雄によれば、全国二万軒の焼肉店のおよそ九割が在日か帰化者とその子孫の経営ではないかという。
「焼肉文化」というものがあるなら、それはとりもなおさず朝鮮半島から日本に来て住み着いた人々の文化なのである。


関連で言えばタン塩、ユッケ、生センマイみたいな食べ方も日本発祥のことと言われている、と。

ただ、焼肉がここまで人気・普及した背景には無煙ロースターの開発があった、ということみたい。あと、家庭用焼肉のタレとか。


ついでに焼肉の戦後史を引用しとこう(途中まで)

 日本の敗戦前後に在日朝鮮人(第九章で述べるように当時は日本国民だった)のあいだで始まった焼肉は、1940年代・50年代と少しずつ日本人に受け入れられていったが、客層は肉体労働者や中年男性に偏っていた。第一次の焼肉ブームは高度経済成長が始まった1960年前後に起きている。焼肉店が全国に増え、調理師の引き抜き合戦によって共通の味やメニューが広まり、定着していった。
 当時のメニューが、食道園にたまたま残っていた。ロースとカルビがそれぞれ一皿250円、タンとミノとユッケが200円、レバー150円、センマイ100円。大卒の初任給が1万4千円の頃だから、これは決して安い値段ではない。牛肉はまだまだ贅沢品だったのである。
 第一次焼肉ブームよりやや遅れ、60年代後半から70年代にかけて、焼肉のタレを通じて焼肉は家庭にも浸透していく。こうした下地ができたところで、80年代に入ると無煙ロースターが登場し、家庭での焼肉に親しんでいた家族連れや女性客を街の焼肉店にいっせいに引き寄せた。かつての日陰者的なイメージは、いつのまにか薄れていった。




こんな感じで焼肉文化は広がっていったらしいんだけどその発端としては差別があったみたい。肉関連の仕事、屠殺→解体というのは洋の東西を問わず蔑まれるものというのは「カムイ伝」「肉食の思想」、「ドキュメント屠場」なんかでも出てきてたと思うんだけど今回もそれ系の記述があった。もともと朝鮮民族には飲食業や食肉業を不当にいやしむ考え方があるみたいなんだけど、そういった人々がいわばダーティーワークともいえる食肉業にたずさわっていった背景には「そういった仕事しかなかったから」という背景があったのではないか。

この辺りについてはぼくも気になったことがあって以前とある人に聞いてみたことがある。「菊貞(※広島市内の食肉解体場所)とキムチ専門店が多い地域が近いのはなにか関係あるんですか?」的に。いちおカムイ伝的背景も話して聞いてみたんだけどそのときの答えは「特に関係ないと思うよ」って感じだった。たんにこの人が特に興味がなかっただけなのかもしれないけど(※いちお市会議員だったが


お肉の歴史というのはこんな感じで在日差別とも関係するみたいなんだけどそれがびみょーに歪んで同和利権とか「触れてはいけない話題」的な感じになってるのはハンナン辺り。この辺については個人的には良く分かってない。もそっと調べていこうかな



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posted by m_um_u at 00:23 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
焼肉は大阪発祥の地
Posted by あ at 2013年11月20日 13:49
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