2008年07月18日

ルサンチマンって新中流層辺りから出てるのかねぇ

しばらくblog書いてないので最近の近況もかねてざらっとした雑感のようなものを。元はたんぶらにまとめたついったーのつぶやき


むーたん - ベストセラーの構造 - 中間層の増加の関連性についてのメモ


いま中島梓の「ベストセラーの構造」と稲葉振一郎の「公共性」論を読んでて


ベストセラーの構造 (ちくま文庫)
中島 梓
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5 マーケティングの良書
4 文学が消費される構造を描き出す好著
5 優れた分析




「公共性」論
「公共性」論
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稲葉 振一郎
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そこで展開されている問題意識というか、対象が似てるなぁ、と。


「公共性」論のほうはロールズやらノージック、アレント、アガンベン辺りの公共性関連の話が簡易にまとめられてるということで重宝しそうだなと思って読み始めたんだけどけっこうめんどくさい文体でなかなか読み進まず最近の糞詰まり的フラストレーションの原因になってたように思うんだけどそんなこといってても仕方ないのでちょこちょこ読み進めるようにしてる。…かたつむりの歩み

んで、まだ途中なんだけどそこで出てきた「他律的リベラリズム」という概念が最近の関心にフィットしてるな、と。東浩紀が「動物化」として指摘してる層とほぼ同じということなんだけど。曰く、「他律的リベラリズム(ひ弱なリベラリズム)は自らを支えるリベラルな法と秩序を構築、維持して自己統治することはできず、統治を他者にゆだねる」、と。社会的枠組みを超えることには興味を示さない。たとえばsocial hackのようなことには関心をもたない。たとえば、簡単・便利なシステムの中でちょっとでも快適にすごすこと、そのシステムを利用したお得tipsには関心をもつがその枠組みの原理・変更可能性については考えようとしない。

ここで出てくる簡単・便利システムというのが環境管理型権力ってやつでありweb2.0もその対象とされている、と。コンビニなんかもその代表例でしょうね。


この辺はびみょーで、「そんなこといってもみんな働いてて忙しいし、専業でぼけーっと考えていられる人たちとは違うのだよ。だいたい簡単・便利・安全を追求してなにが悪いんですか?」ってのはある。これについては稲葉も指摘していていまのところは「まぁ悪くはないよねぇ(良いともいえないけど)」って感じだった。



んで「ベストセラーの構造」のほうなんだけど、これははてなのホッテントリへの違和感(ポピュリズム的なアレ)とか出版に偏りの問題なんかが頭に残ってたのでちょっと読んでみた。出版の問題ってのは例の「文芸書が売れない」ってやつ


2008-06-29 いま文芸書とは〜「一般文芸」の謎 - 【海難記】 Wrecked on the Sea


端的に言うとビジネス書とか自己啓蒙書、安易なtips系書籍ばかりが売れるのを受けて書店にもランキング上位の本しか並ばなくなってきているって問題。この辺の「(まともな)本が売れない」あるいは「活字離れ」」系の話は「ベストセラーの構造」のころからあった。そんで、「売れていないのは純文学とかそういった類の"まとも”とされる本、難しい本であって難しくない本は売れている(活字は読まれている)」、と指摘されていた。難しくない本の典型例が五木寛之であり野坂昭如である、と。彼らの小説(中間小説)や生き方は「知的になる」ためではなく「知的にふるまう」ためのサンプルとして提出された。

そういった層は話題に追いつくために本を買うのであり中身は読んでいない。中身は読まずに形式だけ消費し、著作者の話も本の内容ではなく著作者自身のキャラクター的なものを消費するのを好しとする。「この人たちも自分達と違わないんだ」という安心感を得るために。関連としてはこの辺か


もう専業ライターという職業は成り立たなくなる、もしくは「石田衣良化」について - 【B面】犬にかぶらせろ!



そんで、そういったものを求める心性が増えた原因として中島は「中流層の増加」を上げている。上流にも下流にも行きたくない中流層…。その社会的コミットメントの薄さは稲葉が「他律的リベラリズム」として、東が「動物化」として指摘している層と重なる。


そう考えると教養の消失とか活字離れといった話題も円環的にマッチポンプしてるだけなのかとも思うんだけど、昔と現在との違いは書店にむずかしげな本のスペースがなくなってきていることなのかな。あと、中流的なもののよすがとしてニセ科学的なデータに依拠するようになっているということ。苦情の文化のための論拠として


2008-06-29:「苦情の文化」に対する、割り切れない違和感- 日記&ノート(転叫院)


この辺りの学級会的正義意識というのは最近けっこう気になるとこではある。タコの足食いみたいなものかと思うのだけど、全共闘的粛清なんかも想起されたり…。そういった意味では全体主義の足音が聞こえてくる感じもするけどこの辺もまたびみょーなんだろうな(稲葉が指摘しているように「よき全体主義」なる可能性もあるのだろうし…)




てか、学級会的正義意識つながりでいうと最近のreponへの攻撃なんか思い出される。攻撃っていうか違和感程度なのかもしれないけど


サバイブSNSが駄目だと思うたった一つの理由 - 煩悩是道場


別所でも書いたがサバイブSNSなんてのはもともとゆるい繋がりによって現状をちょっとでも良くしていこうみたいなの模索してつくったもので「マッチョ vs. ウィンプ」って設定で「ブルジョア打倒!」なものでもないのになぜマッチョの話を聞いてはいけないことになるのだろうか?あと原理的にすべての貧困を解決できるわけもなく、それだったら最初からアフリカ辺りにでも関心もってるように思うんだけど…。

こういうのも学級会的正義意識であり「よき全体主義」なのかなぁとかぼけーっと思う


「ウィンプの癖にマッチョと仲良し」といえば赤木智弘さんだけどこの人の問題意識、敵認定を見ていると問題の層が明らかになるというか、ズレのようなものが明らかになるように思う。旧来の「ブルジョア vs, プロレタリア」的図式では「マッチョ vs. ウィンプ」って感じだったけどいまの日本だとブルジョアは固定でウィンプの敵というのはプチブル的な中流層ということなので。(※ここ10年かそのぐらいで1000万以上の所得層は固定なのに対して4〜500万以下の所得層に変化があるらしい。ミドルの地盤沈下的に500万層が300万層になってきている)


「中流」という幻想。 - キングフラダンスの思考の軌跡。


朝日社説 来年度予算―歳出削減を緩めるな - finalventの日記




この層、不安定なストレスに揺れるこの層が攻撃的になっているのか?それだったらちょっとでも稼ぐ努力しろよ(あるいは金使わないで満足得る方法とか模索しろよ)とか思うわけだけど中島梓も指摘しているように


『中流階級は自己を排斥し、批判し、客観視し、止揚してゆくことを望まない。なぜならかれらの望んでいることはその正反対のこと、自己に満足し、ちょっとしたものだと考え、甘やかなゆるしと導きのなかで互いを容認しあうことにほかならないからだ。』


ということなのでみょーな他人攻撃をしたり、そのための簡易なtips的知識を消費して満足するのが関の山ということなのかもしれない



…つか、↑の嫌味な書き方で気持ち悪いな。。そうはいってもつつましくひけらかしや他人攻撃なんかをせずに日々の生活を送っている人たちもいると思うし、そういう人たちの生活は卑下されるものでもないと思うんだけど、その辺りは自分的に未消化





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関連:
「不安型ナショナリズム」の疑問点 - No Hedge!

※「昨今の若者の右傾化の背景は前期近代的な高度成長型ナショナリズムとは違い経済不安などが引き起こしているもの」、と。不安型ナショナリズムとはなにか?どうしてバックラッシュするのか?については荒いらしい


muse-A-muse 2nd: アメリカは格差社会じゃないの? (日米研究・教育・医療問題)

※ミドルの地盤沈下について。アメリカの例




posted by m_um_u at 10:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会このエントリーを含むはてなブックマーク
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