2015年11月04日

「仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか」  男女共働き社会の模索




仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -



副題にある「日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか」ということを主題とした現時点でのまとめ本的なもの。この分野の論点と現時点での暫定的結論としてコンパクトに纏まってるように思う。


筒井淳也『仕事と家族』(中公新書) 8点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期
http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52106679.html


お話的には「働きづらい」というところよりも「産みづらい」ということの原因と解決についてが先に考察されていく。必然女性の就労問題がメインとなっていく。

男女雇用機会が均等になったとはいえ女性の就労形態の大部分はフルタイムではなくパートタイマーで、パートタイマーの雇用条件はフルタイム労働者よりも低くなっている。そのため、全体的に女性の雇用条件は悪い。

ではなぜパートタイマーにならざるをえないかといえば出産と育児がフルタイムのネックとなっていくから。出産の方は未だ出産休暇があるところも増えたけど、特に育児の方が。育児休暇というものがある程度あるところでも育児期間、子供の手が離れるまでの期間はそこで設定される育児休暇なるものを超えているので、結果的に女性の就労の妨げとなっていく。あるいは、この期間は育児をアウトソースするとしてもその費用が給金の大半を占めていくので、「この期間は会社に残るための期間として、差し引きゼロでも仕方ない」と諦めて育児アウトソースする女性が多数となっている。

こういった場合、選択肢としてはおおまかに3つに分かれる。すなわち、「結婚して寿退社して専業主婦になる」「フルタイムで続け育児はアウトソースする」「育児に適した仕事を探しそれを続ける」、というもの。いわゆるヤクルトおばさんが女性たちばかりなのは育児期の女性の環境への配慮がよくされているからというのが主な理由らしい。

本書ではそういった状況・条件を現状における問題点としてとりあえず俯瞰し、それに対する解決策を模索していく。

解決策のひとつは労働形態・雇用条件そのものを抜本的に見直す、というもの。この辺のギロンはけっきょく濱口圭一郎が示した「日本のサラリーマン評価は仕事の内容ではなく、性別役割分業に基づいて『一家を支える男性』に見合った報酬を年代ごとに与えていくという俸給性となっている」「こういった雇用・評価形態からジョブ型雇用への転換する必要がある」とするものに依拠する。



濱口桂一郎、2009、「新しい労働社会」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/160935453.html


「同一労働同一賃金」的なものとも言える。




そういった解決案が「同一労働同一賃金」的なものだとするとそれはスウェーデン的な福祉政策志向といえる。


本書ではこういった雇用問題の「お手本となる国」として代表的な3つの国と政策が比較検討される。

アメリカ型の自由主義的なもの、北欧型の社会民主主義路線的なもの、ドイツの保守主義的なもの。

ドイツの保守主義的なものというのは労働市場の全体のパイ、椅子を減らすことで就労を待つ若者層に職が行き渡るようにするもの。具体的には老人の就労を減らして若者に配分するというもの。



けっきょく完全な結論らしい結論はでていなかったけど、これが本書のだいたいのアウトラインとなる。

個人的には「制度というよりは構造改革によって女性の働き方は変わっていった」というところが印象的であり反省点だった。以前のエントリで「フェミフェミ言っててもけっきょく現状を変える / 変えたのは制度なのだ」みたいなことをいってたので

「恋愛とセックスの経済学」 / 「家父長制と資本制」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/427900360.html


なので反省も込めてちょっと長めに引用した。




出生力の低下は労働供給(働き手)側の要因であるが、人口高齢化は労働需要(雇用主)側の要因である。旺盛な労働需要が女性の労働力参加を引き起こしたという例は多い。スウェーデンといえば、女性の労働力参加が戦後の早い時期から活発だった国であるが、その最大の要因は、スウェーデンが第二次世界大戦で被害を被らなかったことにある。スウェーデンは他のヨーロッパ諸国の復興需要を引き受けることで経済を急拡大させ、そのなかで極端な労働力不足を経験する。そこに女性の労働力が活用されたのである。しかし1960年代までのスウェーデンでは、女性が働きやすい環境はあまり整備されておらず、そのせいで出生率が急低下し、また「家庭の危機」が1970年まで続く自殺率の上昇(この時期のスウェーデンの自殺率は日本をゆうに上回っていた)を生み出したといわれる。この意味で、スウェーデンについては少子化が女性の労働力参加を引き起こしたという説明はあてはまりにくいかもしれない。

他方で、東南アジアや一部の東アジア諸国では、農業中心の経済から工業、サービス業を中心とした経済に変化するなかで、女性が(欧米や日本ほど)主婦化しなかった。これは、工業化・脱工業化の到来が極めて急速であったために、多くの女性が農業や家業に従事する段階からそれほどあいだを空けずに軽工業(繊維や精密機器製造)やオフィスワークの労働需要に引きこまれたからである。アジア諸国では子育てにおいて親類ネットワークを利用しやすく、また家父長制的な文化の強い地域では女性の賃金が安く抑えられ、それが国の輸出製品の価格を引き下げ、経済成長をもたらした、とする研究もある(Gaddis & Klassen 2014)。

もちろん労働需要があれば必ず女性の労働力参加が増える、というわけではない。アメリカの工業化においては、移民の労働力参加が欠かせなかった。つまり工業化による労働需要の多くを海外からの移民によって満たしていたのである。これに対して日本の高度経済成長期では、戦後のベビーブームによって農村部に男性の余剰労働力(典型的には次男以下)があり、これが当時の高い労働需要を満たしていた。2013年になって、東日本大震災の復興需要や公共投資の増加などの影響で労働力不足が生じ、第2次安倍内閣のときにようやく、女性のみならず移民の労働力を活用するための制度改革が本格的に検討されるようになった。

さて、産業構造の変化(サービス労働化)、人口構造の変化(少子高齢化)、そして労働需要など女性の労働力参加を促してきた要因は、いずれも構造的な要因であり、制度要因ではない。そして構造要因による変化はあくまで「意図せざる結果」である。女性の労働力参加を高めるためにサービス産業を拡大させる国はおそらくないだろうし、ましてや女性の雇用を促すために高齢化を進める国などあるはずがない。先進経済国で女性が勝ち取ってきた様々な両立支援制度や働くことに関する権利・条件の整備は、こういった構造変動と絡み合いながら進んできたと見ることができる。つまり、制度の整備によって女性の労働力参加が促された側面もあるだろうが、それ以上に、構造変動によって女性の労働力参加が進んだ結果、それに対応すべく制度の整備が進められてきた側面が強いのだ。








以下も上記のアウトラインに関連して気になったところの引用に留める。




パートタイマーの人たちが参加する外部労働市場には、家族からすれば子育てなど家庭の事情によって働くのをやめたり始めたりすることが容易であり、経営者からすれば必要なときに労働調整、つまり解雇がしやすいという特性がある。このような外部労働市場が、正規雇用の夫と家計を共有する有配偶者向けに形成されてきたことの帰結は、その後との正規雇用・非正規雇用の賃金格差の問題となって現れてくる。つまり、パートやアルバイトなどの非正規雇用が多くを占める日本の外部労働市場は、新卒・正規雇用向けの労働市場を除けば、「自立して食べていけない」人のための労働市場となってしまった。これが日本の晩婚化、ひいては少子化問題の解決において、深刻な障害となって現れるのである。









雇用労働に従事する女性が増えるにつれて、どの国でも出生率が下がることになった。しかし女性の労働力参加が出生率へ与える負の影響は、アメリカやスウェーデンといった少子化を克服した国においては、ある時点から中和されるようになった。おそらく、スウェーデンでは、長期的には公的両立支援制度の影響、アメリカでは民間企業主導の柔軟な働き方の影響で、女性が賃労働と子育てを両立しやすくなったからだと思われる。その後、女性の労働力参加と出生率との関係はいよいよ反転し、女性が働くことは出生率に正の効果を持つようになる。これは不況あるいは経済成長の鈍化のなかで若年者の雇用が不安定化し、それへの対応として男女がカップルを形成し、共働きによって生計を維持するというケースが増えたからである。個々の雇用が不安定化しても、二人いれば家族としてやっていける、という考え方だ。こうして共働きが合理的戦略となり、さらに仕事と子育てを両立しやすい環境が整っていれば、女性が働くことは出生率に正の効果を持つ。この転換の背景には、スウェーデンでは女性が公的セクターに大量雇用されたこと、アメリカでは民間セクターで女性がますます活躍するようになったことがある。女性が結婚・出産後も長期に働くことができる素地があれば、経済の不調による男性雇用の不安定化に際して「共働きカップルを形成する」という選択肢が合理的となる。そのことが女性の労働力参加と出生率のプラスの関係を生み出した。

ここで重要なのは、希望と現実のギャップ、あるいは家計維持のために「共働き戦略」が有効であるためには、女性がそれなりに高い賃金で長く続けられる、あるいは労働市場が柔軟で、女性が出産を機に一度仕事を辞めても、ある程度条件の良い仕事に復帰できる、という見込みでなければならない、ということである(前田、2004)。日本では1995年以降、男性正社員の賃金が伸び悩むなかで、男性正社員とパート労働をするその妻という世帯でも満足のいく生活ができないケースが増えている(武信、2013)。現状では、子育て後にパートとして再就労するのでは問題解決にならないことを多くの人が悟っているからこそ、日本では未婚化が進んでいるのだ。

ドイツでは、女性労働力参加の負の影響は1980年代には中和されたが、長引く不況による男性雇用の不安定化と(それにもかかわらず)持続する性別分業体制の影響で、出生率が伸び悩んでいると思われる。また、ここで触れていないがイタリアやスペインといった南欧諸国では、長い失業率を背景に、女性が(出産等で)一度労働市場から退出してしまうと次によい仕事を見つけられる確率が低出生率を招いた、という研究もある(Adsera、2004)。





荻原久美子(2006)が描き出したように、仕事を続けたい女性にとっての最大の困難は育児休業が終わったあとにやってくる。それは長時間労働など、「主婦のいる男性」に適応した働き方である。そうであるかぎり、いくら育児期を乗り越えられたとしても、女性はそれ以上出世し、家計を実質的に支えられるような存在になれない。これでは「共働き社会」はやってこないし、女性の就労がカップル形成を促すような社会にはならない。









女性の非正規労働化の動きは、1986年の男女雇用機会均等法、1992年の育児休業法の施行によって何ら変化はなかった。図3-4は女性の雇用形態別の就業者数の推移を示したものだが、これをみると1990年代に正規雇用された女性の数が増加していることに目が行くかもしれない。これは後述するが、若年層の女性が結婚を先延ばしにして正規雇用としての就業を継続したことの表れである。しかし、より人口のボリュームが大きい年長世代の非正規雇用が増えたことと、不況のせいで学卒後に非正規雇用に就く女性が増加したことで、図3-3のように1990年代ですら、全体としての女性の非正規雇用率が押し上げられたのである。

要するに、採用や昇進において男女の差別をなくし、また出産・育児・介護によって就業が中断することがないような配慮が徐々に整備されてきたにもかかわらず、男性と同じような正規雇用に就く女性が増えてきたわけではないのだ。






男性と女性がともに対等な立場で働ける環境を実現するためには、男女ともに総合職的な働き方を抑制する必要があるのに、均等法の趣旨は男性のみならず女性も総合職的な働き方に引き入れようとするものになっている。したがって現行の均等法ならびにその「差別禁止」の理念が実現した先にあるのは、おそらく従来通りの性別分業社会なのだ。

その理由は極めて簡単である。転勤あり、残業あり、職務内容に限定性がないために負担が大きい、といった特徴を持つ総合職的な働き方を日本人男性が(過労死という重大な犠牲をともないつつも)なんとかこなしてきたのは、私生活をサポートする仕組みがあったからである。それは一人暮らしの独身男性にとってはまかない付きの独身寮やコンビニであり、実家通いの男性にとっては母であり、有配偶の男性にとっては妻である。

では女性が同じような働き方をする際には、誰がサポートするだろうか。男性以上に女声の多くは実家通いなので、母親もフルタイムで働いてないかぎり、頼ることができるだろう。ただ一人暮らしの場合、女性が入居できる独身寮を持つ会社の数は少ない。また実家暮らしでも、祖父母に重い介護の必要が出てきたとき、母でも男性(父や息子)でもなく、孫に当たる独身女性が仕事を減らしたり辞めたりするという例もある。

とはいえ、独身時のサポートについては男女でそれほど大きな差はないだろう。大きな差がでてくるのは結婚してからである。無限定的な働き方をする人が世帯にいる場合、そうではない人(たとえば専業主婦)が同じ世帯にいてサポートするならば私生活のレベルは落ちないし、子どもを産み育てることも可能であろう。しかし無限定社員と無限定社員のカップルだけでは無理である。その結果、女性の側がキャリアを断念することになりやすい。ましてやどちらかに転勤が命じられれば、片方の(たいていは女性の)キャリアプランは破壊される。パートナーのどちらかに転勤の可能性があるというだけで、持ち家を買うかどうかの判断などに必要な、生活の長期的見通しが立たなくなることもあるだろう。








欧米で広く普及している職務単位の働き方は、両立・共働きと相性がよいものだ。労働時間の調整のしやすさ、活発な転職市場が可能にする離職と再雇用、配置転換と転勤がないこと、これらは働き方が職務単位で切りだされていることによって可能になっている。逆に日本の基幹労働力に期待される働き方では、自分や周囲の職務内容が曖昧なため自律的な時間調整が難しく、また配置転換や転勤の可能性もあるために、共働き夫婦にとって非常に厳しい環境となる。

したがって、一つのアイディアとしては、職務単位で限定的な働き方をする労働者を増やす、という方向性がある。もちろん、職能資格制度の世界から職務給の世界にいきなり転換できるわけではない。そもそも実現が困難だろうし、もし実施されたとしても失業率(特に若年者失業率)の飛躍的な上昇を覚悟しなければならない。ジョブ(職務)型雇用の世界とは外部労働市場の世界である。そこでは、不景気で仕事がなくなれば被雇用者を解雇することは普通であり(そのかわり社内での「飼い殺し」は生じない)、また解雇が経験の浅い若年層から先に行われるのもなかば「当たり前」である(濱口、2014)。このことが可能なのは、アメリカのように外部労働市場が活発であるか、あるいはEU諸国のように失業に対する公的な保障がそれなりに充実している、といった条件があるからだ。








日本型福祉社会構想は、当時の自民党が作成したパンフレット(タイトルはそのまま「日本型福祉社会」である)にその趣旨が書かれている。そこではスウェーデンが名指しされ、その福祉のあり方が非効率的で、かつ「家族関係を破壊する」として、はっきりと否定されている。極端な少子高齢化社会に陥ってしまった日本の現状から振り返ってみれば苦笑いしてしまうが、当時はたしかに日本的な福祉のあり方が北欧のそれよりも優れている、と主張しても受け入れられる空気があったのだ。

ドイツやイタリアなどの保守主義的国家においても、日本と同じような家族重視と性別分業の体制は強かった。これが、これらの国が保守主義レジームと名づけられた一つの理由である。しかし違いもある。たとえば「企業による福祉」である。1970年代以降、日本の民間部門は、大企業の世界では内部労働市場を発達させ、中小企業については政府が援助するなどして、企業が雇用を維持し、雇われた男性とその家族の生活を安定させるという戦略をとった。これに対して欧米では職務単位の労働配分が行われ、外部労働市場が発達しているため、生活保障は企業ではなく政府の役割である、という意識が強い。ドイツやフランスなど、主要な大陸ヨーロッパ諸国の社会保障支出は日本よりもずいぶん大きいが、それは日本が「家族と企業」という二つの民間部門に福祉を任せてきたからである。この点にこそ、日本の路線の特徴があったといえるだろう。












本書では論じる余裕がなかったが、筆者は格差以上に深刻なのが社会的分断であると感じる。社会的分断とは、人々のあいだの価値観や態度の対立のことだ。たとえば社会のあるグループ(経済的に恵まれない層)は富の再分配を支持し、別のグループ(富裕層)はそれを否定する、といった意見の違いを指す。ある制度が特定のグループを有利にし、別のグループを不利にすることはしばしば起こりうる。再分配が弱い社会や教育費が高い社会では、経済的に豊かなグループが優位に立つ。急速に高齢化が進む社会では、年金制度の負担は若年層に重くのしかかる。錠時間労働が常態化した社会では、少なくとも仕事の世界は男性優位になりがちだ。制度設計がうまくいかないと、こういった対立、つまり社会的分断が先鋭化するおそれがある。

「働くこと」は、それが社会の富を生む最大の源であるがゆえに、対立の大きな争点となる。たしかに経済先進国は、基本的な合意として、(高齢や障害のために)有償労働をすることが難しい人々については政府がその生活を保障するという制度をつくりあげてきた。しかし働くことができるのに様々な理由からその力を十分に活かすことができていない人々が増えてくると、合意が揺らぐことになる。一方では適切な労働機会を与えられない人々が労働市場や雇用環境の制度に対して異議を提示するようになるし、他方では税や社会保険の負担をする人々が再分配制度に対して異議を唱えるようになる。こういった対立は、事後的な再分配の強化でも無条件の自由競争の導入でもなく、税や社会保険の負担を一定程度担うことができる所得をともなった仕事が、社会の様々なグループに配分されることではじめて緩和される。「働くこと」を基軸とした連帯をつくりあげた国は、分断を乗り越え、安定する。


本書のキーワードである「共働き社会」は、男性と同じく女性に働く機会を保障する社会だ。また、有償労働の担い手を増やすことで、税と社会保険を通じた「助け合い」のための社会的余裕をつくり出す。その意味で、「共働き社会」は日本社会のこれからの社会的連帯の第一歩であると筆者は考える。




posted by m_um_u at 17:55 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

「日本型近代家族」


お勉強的に手にとった二冊。なのでエントリして楽しいような思考をドライブさせるようなところもそんなになくエントリするのに億劫になってったところもあったのだけどお勉強となったとこをさらっとまとめるぐらいにしとこう。後々役に立つかもだし。


日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -
日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -



「日本型近代家族」のほうはいわゆる家族社会学の基本的な考え方、知見をコンパクトにまとめてる感じ。なのでこの分野をお勉強しはじめるときには便利なように思う。

キーワードとしては「核家族」「ロマンティック・ラブイデオロギー」「母性イデオロギー」「家庭イデオロギー」など。家族の関係や恋愛、あるいは母性幻想に対して窮屈や違和感を持ってる人的には考える際に便利な言葉や思考が散らばってる。


ちょっと端折って間違ってる箇所あるかもだけど全体をとらえやすくするための前フリとしてまとめる。

たとえば日本なんかにおいて「家族」という概念は明治以降に導入され、それは国民国家の誕生と期を同じくする。すなわち国民国家が「家族」なる単位を必要とし設定・普及したということ。それ以前は村落共同体的なところでいちお世帯ごとに別れていつつも「村全体」という意識があった。プライバシーがあまりない反面、たとえば「子どもは村全体で育てる」みたいな感じだったり(cf.なので祭りの乱交時に生まれた子は子種が誰かわからなくても育てるとかふつーにあったのだろう)。現在のような家族観、「他からはプライバシー的に分ける」ことを当然とした近代家族の家族観からだと考えにくいかもだけど、家族、というか共同体というのはまずもって生存のためにあって、そのためいろんなものを分けあっていた。なので生存-食料の確保なんかが一義にありプライバシー、プライベートみたいな感じはあまりなかった。いわゆる近代家族―核家族というのは大家族に対応して語られる言葉で成人男女とその直系血縁の子弟を基本単位としたもの(その前の世代、成人男女の親からは世帯を別にする)だろうけど、大家族的なもの以前に村落共同体的な生活共同システムがあった。

つまり家族、あるいは生活を共にする共同体というのはもともと食料を確保するために生計を一にする目的のものだった。前近代社会のひとびとは「家族」という世帯のなかではなく、共同体規制のなかで生きていた。ラスレットが言うように、家族は子供を産み育てるという、独立した再生産の単位でもなかったし、そのなかで経済が完結するような生産の単位ではなかった。ひとびとの性関係は共同体の規制のなかにあり、身分を越えた自由な結婚などはありえなかった。この辺は花輪和一のマンガなんかに戯画的にエグく描かれている(← 「庄屋様に焼き印をおされてセックスされるのは至上のよろこび!」)。家族という単位は共同体のなかに埋没して見えないものだった。

近代に入って世帯ごとに管理・わけられていき「家族」の意味は変質していった。プライベートな共同体、あるいは「愛」を中心とした共同体、といったものに。おそらく生活が豊かになって食料を一義とするでもなくなって。


ではなぜ国家が家族という単位を必要としたか?というとひとくちには税のためといえるだろう。当時のヨーロッパに倣って国民国家がなんとなく有効だと判断した明治政府は「国民」を創設し把握するための単位として家族、より正確に言えば世帯を導入した。それによって国民国家的には皆兵が可能に。税収もぶらさがっていったのだろう。


近代家族の特徴は、(1)ロマンス革命(2)母子の情緒的絆(3)世帯の自律性、とされる。


旧来の村落共同体に比べ、家族は世帯ごとに切り離され、村落共同体がゆるやかに担っていた福祉の役割は国家が担うようになった。家族は共同体から分離され国家に直接に接続されていった。そこでは「男は仕事に行って(税収を)稼ぎ、社会的再生産に寄与し、女は家庭を守る(産み育てる)」という性別役割分業が当然とされていった。その際に導入されたイデオロギーが恋愛(ロマンティック・ラブ)であったり、「良い母」的な母性イデオロギーだった。これらは国家によって直接宣伝されたとは言いがたいがゆるやかに社会の当然・通念となっていった。


愛情といった感情だけではなく「親しさ、楽しさ、親密性、感情表出、思いやりなど人間関係の『よい』側面」(山田、1994)はすべて家族に放り込まれることになった。感情という場合、ネガティブなものもあればポジティブなものもあるはずだが、「愛」とか「共感」といった特定感情には価値が与えられ、「恥」「罪」といった感情は好ましくないものとして設定される。これらは社会的に感情が規制され規範化されていった結果といえる。


近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -
近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -




ロマンティック・ラブイデオロギーとは、「一生に一度の恋に落ちた男女が結婚し、子供を産み育て添い遂げる」、つまり愛と性と生殖とが結婚を媒介とすることによって一体化されたものである。結婚を媒介としてこの三点が揃っていることが求められたため、愛のない結婚、愛の無いセックス、結婚につながらない性交渉、結婚してない婚外婚の性、婚姻外で生まれる婚外子、愛している相手の子供がいらないと感じること、結婚しているにもかかわらず子供をつくらないことなどが不自然であると考えられ、非難の対象とされてきた。


母性イデオロギーとは、母親は子供を愛するべきだ、また子供にとって母親の愛情にまさるものはないという考え方のことである。「三歳までは母親が子供を育てるべきで、そうしないと子供に取り返しの付かない影響を与える」という「三歳児神話」などはこれに含まれるだろう。


家族イデオロギーとは、家庭を親密な、このうえなく大切なものとする考え方である。どんなに貧しくても、自分たちの家族が一番である、家族はみな仲がよいはずだという、「狭いながらも楽しい我が家」という表現にみられるような、家族の親密性に関わる規範である。



ロマンティック・ラブイデオロギーの項には結婚を当然とすること、また、性愛・恋愛の対象をひとりとすること、彼らと「愛情」というロマンス(恋愛感情)を通じて深く愛しあうことが当然・幸せとする規範が備わっていてそれ自体が問題だなというのはあるのだけど、自分的には特に目新しい話題でもないのでそれほど触れない。


ただ、この本(あるいは近代化俗論のまとめ的な話)を通じて「母性」というのも国家によって作られた幻想だったのだなあと再認識した。


母性という神話 (ちくま学芸文庫) -
母性という神話 (ちくま学芸文庫) -





それらは男性による身勝手な幻想かと思っていたし、母性を批判する人たちはしばしばそういった論を貼るのだけど。母性自体が国家による人口管理と再生産のために設定された規範だったとしたら、こういった話で男女の対立(ラベルの押し付け合い)的な構図をとるのも無意味だろう。





近代に入るまで、子供は現代と違って可愛がりの対象ではなく、「子供」という概念もなかった。たんに労働力として劣った小さい大人(でも5,6歳から働かせる)ぐらい。

ヨーロッパの上流階級の女性は自分で子供を育てること、授乳などという「動物的な」行為をすることを拒絶した。ヨーロッパだけでなく日本でも事情は同様となる。江戸時代に女性に期待されていたのは良い子供を産むことだけであり、育てることは期待されていなかった。むしろ男子のしつけは父親に任されていた。人々は子供に対して無関心で、堕胎や間引きという習慣も必ずしも貧困が原因ではなかった。


良妻賢母という規範 -
良妻賢母という規範 -


〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -
〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -


子どもと母性をめぐる関係は乳幼児が将来の「国民」の予備軍であることが意識されることによって変化していった。ここで母親による子供の世話も規範化されていく。


この変化に寄与したもののひとつとしてルソーの教育の書、『エミール』がある。



エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -
エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -


女たちは「母親」であることを熱心に学んでいき、母性は母乳の出る母親だけが持つ「本能」とされていった。


日本における母性イデオロギーは「良妻賢母」規範としてあらわれた。良妻賢母規範というと江戸時代からある儒教規範と思われがちだが、そうではない。「良妻賢母」という言葉も、「恋愛」という言葉と同様に、明治に入ってつくられた。1870年代には賢母良妻といわれ、90年代に良妻賢母という言葉に落ち着く。これは、家庭を守って夫を支え、なによりも次世代の「国民」を育成するという、母に寄る教育が大きな位置を占める規範だった。


この規範が結果的に女子の中等教育の振興・普及に大きな役割を果たしたという(←「将来の国民を育てるために必要」)。


「学校」「教育」は女性だけでなく<子供>の誕生ともときを同じくし、「母性」「子供」「学校」「家族」は同時期に誕生した。



「家庭」という言葉は明治20年代からもてはやされ、雑誌などであるべき規範となる。そして実際に大正期になるとその「家庭」の理想 ―「一家団欒」、「家庭の和楽」を実現することが可能な新中間層が現実に出現してきていた(小山、1999)。「家庭」とは、ある意味で新中間層的な刻印を推された家族のあるべき理想像となった。





実態はどうあれ、理想としての、建前としての「愛と性の一致」という規範は(女性の側には)存在していた。それが崩れ始めたのは1990年代のことである。60年代の性革命によって、70年台には「愛があるなら、結婚前に性交渉をおこなってもよい」という規範が一部ではみられるようになった。1980年代には消費社会を背景として、ドラマ「金曜日の妻たちへ」などのように結婚していても恋愛があり得ること、また未婚者も当時流行した多くのトレンディードラマのように、結婚のまえに恋愛を楽しむことがあり得ることが、示された。


こういった規範。「愛がなくても性交渉をしてもよい」がはっきりと出現し規範化していったのが1990年代だった(ex.セックスフレンド)。



現在「イクメン」という言葉の出現には「性別役割分業にこだわらない子育て(家族を金銭的に養うのは男であるべきという規範からの開放)」「レジャーとしての子育て(子育てのレジャー化)」などの規範の変化が読み取れる。






簡単にメモするつもりだったので「仕事と家族」も同じエントリにしよかと思ってたけど、けっこう長くなった / 疲れたので項を分けよう。









posted by m_um_u at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。