2015年11月26日

中村佑子、2015、「あえかなる部屋   内藤礼と、光たち」







そして死は、わたしの目から光を奪い去り、この目がけがしていた日の光に、澄んだ清らかさをとりもどさせることでしょう……




どうか、わたしは消えて行けますように




今 わたしに見られているものが

もはやわたしに見られるものではなくなることによって


完全に美しくなれますように























シアター・イメージフォーラムでやっていたのを見逃してしまって諦めていたのだけどuplinkで再上映されていたので今回見に行ってきた。


『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』 - 上映 | UPLINK
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/41162




uplinkでは12月4日まで。


最初の期待とか想定的には「母型ほか内藤礼さんの作品内容やその意図をダイジェスト的に知ることができる」「母型を見に四国まで詣でなくてもそういうのがつかめるとお得」程度だったのだけど、結果的にそういう映画でもなかった。


体験した者に静かな驚きと歓びをもたらす作品を発表してきた美術家・内藤礼。代表作である《母型》(豊島美術館)は、そこにいるひと 全ての存在を受け入れる、大きな生命体のような空間である。《母型》に出会い、その場の持つ力に強く惹かれた監督・中村佑子は、内藤に取材を依頼し、2年にわたって撮影を続けた。しかし、「撮られると、つくることが失われてしまう」取材の半ば、内藤は撮影を拒否する。一度は撮ることを諦めかけた監督だった。

しかし、時をおいて、中村は内藤のアートの本質である「生きていることは、それ自体、祝福であるのか」という問いに、内藤にはキャメラを向けずに迫ることを決意する。そして内藤の「不在」を埋めるかのように、5人の女性たちと出会う。《母型》に集まり、そこで交わされる女性たちの傷みの感覚や、生と死に対する言葉。《母型》を撮らねばならなかった監督自身の内的 必然性と、女性たちの感受性はやがて呼応し、祈りのような大きな〈存在の問い〉へ、解き放たれていく。



リンク先の映画の紹介にもあるように、内藤はこの作品のわりと早い段階で取材されることを拒否する。

そうするとこういった映画に期待される要素、「神秘的な作家、内藤礼の内面を密着取材とインタビューを通して明らかにしていく」、という構図は早い段階から失われてしまったわけで、それはこの作品の失敗を予感させた。

でも、そこで終わらなかったのがこの作品の凄みというか、監督自身の思い入れやコミットメントが表れていたように思う。あるいは、内藤礼への畏敬を別の形で表したものというか。


この作品を通じて表されていったのは内藤礼の作品や彼女の作品に向き合う姿勢、内面というか、中村監督自身の作品に向き合う態度、あるいは、作品制作を通じて得られるもの、得たいものの追求のように思えた。そこでは撮るもの / 撮られるもの、見るもの / 見られるものという一方的な関係性は解体されていく。


「わたしは、深く息をしたいときに内藤さんの作品を見るんです。」

「わたしも、、、わたしもよ。だからこういうものをつくってるの」


この会話を中心として、その周辺には内藤の言語化出来ない思い / 安易に言葉にすると失われてしまうものへの恐れが断片的に散りばめられていて、彼女が何を思って作品に臨んでいるか、どういった感覚、イメージが言語化以前、作品以前の兆しのようなものとして追われているかがなんとなく伺えた。

いくつかの内藤の作品に共通する空中を揺蕩う糸のようなもの

それはへその緒のようなものをイメージしたものかと思っていたけど、内藤がおぼろげに見ている / 感じているこういった兆しのようなもの、ということでもあったのかもしれない。

「へその緒」という明確な象徴ー意味、ではなく、単に、彼女が作品と真摯に向き合うときにイメージされるもの、微かに感じとれるものをそのまま、構成・配置していった結果、というか…。なのでその部分で似非心理学的な象徴と解釈を為してもたいして意味が無い / 作者の不快を誘うように思われる。



内藤がおぼろげにつかんでいるもの、つかもうとしているもの、そのイメージをもっとも伝える / 伺い知れる場面が内藤が作品を作っている部屋を映したときの様子だった。

白を中心に構成された生活感のあまりない部屋にネコとネコがくつろぐための猫カゴが日の当たる場所に在ることで、そこに生活がある / 暮らしているんだ、ということがようやく納得される。

ネコが居なかったらそれほどに生活感のない緊張感のある部屋だったのかもしれない。


壁の日の当たる場所には内藤の敬愛するシモーヌ・ヴェイユの写真が飾られていて、日の当たり具合によって彼女の肖像が光の中に溶け、あえかなる存在 / 視線となって部屋全体に溶けていく。



以前、自分が「恩寵」と題された作品を見たとき、直感的にヴェイユのそれからイメージしたものなのかな?と思ったのだけど、むしろあの題名はヴェイユへと続く連想を当然に導くためのヒントだったのだろう。


内藤礼「恩寵」を見て|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n49de4d1fbcf1



あのときは、あの作品単体、もしくは、空から糸が垂れている一連の作品だけヴェイユのそれからインスパイアされたものなのかと思っていたけれど、この映画を見て、むしろ彼女の作品全体がヴェイユのそれを目指すもの、あるいは、ヴェイユの生を悼むものなのだなと思えた。ヴェイユや、殉教した修道士たちの生を。


「Beginning」と題された真っ白なキャンバスの作品


これを見たとき、自分的にはなにも感じられず、「この一面の白は基調に過ぎなくて、この白を装置とし、『白にナニカを見ている』ということ自体を作品としたものなのかな」、と思ったのだけど、この映画を通じて白そのものに意味を込めたものだったのだと気付かされた。

この作品に向き合うとき、内藤は朝から晩まで部屋にこもり、白のアクリル絵の具を薄く伸ばしたものをキャンバスに塗っては乾くのを待ち、塗っては乾くのを待つという作業をしていたらしい。部屋から出るのは3日に1日程度。その間、幾層にも塗り重ねられていった微かな白の積層が「Beginning」という作品だった。


いま思うとそこに何が込められていたかなんとなくわかるように思う。ヴェイユへの思い、あるいは「言葉にすると失われてしまうもの」という言葉から伺える思いから。



彼女の作品は「行」の結果のようなものなのだろう。


あるいは祈り-行の結果、痕跡のようなもの。


自分的な解釈だと「地上にひとつの場所を」といった初期の内藤の作品は祈りや聖に通じる場所、祭壇のようなものだった。言語化され象徴と意味が固定される以前の、もっと原初/原始的な。そういう意味で異星人がつくった祭壇のような。ちょうどイギリスのストーンヘンジやウッドヘンジのような。


そういうものを個人が、確たる抽象理論、式もなく作り上げていくということ。それはてきとーにアートらしく見せればできるものではあるのだろうけど、そのことに、ほんとに真摯に取り組んでいるとすると個人でそれに関わるルールを作り上げ実践していくというのは相当の緊張やエネルギーが強いられるのではないかと推察される。


それらがまだ内藤個人のための祭壇だったとして、「Beginning」や小さな人形たちはもっと社会に開かれた、祈りのようなものとなっていったのだろう。


内藤の人形の意図はいまだによくわからないのだけど


「あの震災の後から内藤さんは人形をつくりはじめた」

「ひとを、ひとをつくらないといけないとおもったんです。 もっとひとを」


という言葉からこれも単なる投影装置でもないのだということが理解された。真っ白に積層されていったキャンバスと同じく。






おそらく彼女の作品を理解していくには、彼女自身の作品を通じてというよりも、ヴェイユの思想に通じて行ったほうが早道なのだろう。


あるいは、

ヴェイユの思想もはっきりとは理解できない / 理解できないながらもしばらく後に見たときに感じること / 連想することが変わっていくように、内藤さんの作品を見た時の感触も変わっていくのかもしれない。




この映画を通じて理解、あるいは、連想した内藤さんの作品についてはここまで


以下はこの映画自体の感想。




内藤さんから取材を断られた後に中村監督がとった方法は「内藤さんの作品を見て彼女たちの中になにが起こるか / 変化するか」「どのような思いが浮かぶか / それらが交差するか」ということをドキュメントしていくことだった。


内藤さんの作品は忠実に解釈 / 理解できない / (安易な)理解を拒むものだとしても、その作品を見た人が作品を通じてなにを思ったか、どう変化していったかというのは真実となる。

女性として、あるいは人として、いくつかの問題を抱えた彼女たち、生きづらさや来るべき死への予感 / 向き合い、漠とした未来への不安と期待。

それらが、内藤さんの作品を通じてどのように交わり変わっていくか。あるいは、変わらないか。


その最たるものは、カメラには直接映ることのなかった、監督自身の物語のように思えた。


「言葉を発することも体を動かすことも出来ない母を、これから数十年介護していくということが決まったとき」


内藤さんの作品を見ることで彼女は深く息をすることを思い出せた。



それは事故にあった友人や、からっぽな自分 / 周囲に漠然とした不安を感じる女性も一緒だったのかもしれない。


なぜ彼女たちがその後のこの作品の登場人物として選ばれたのか、その理由は判然とせず、一見すると単に偶然集めたのかな?と思わせるところもあったのだけど、彼女たちの中に、彼女たちのそれぞれの人生(ストーリー)に監督が自らの断片を感じていたとしたら、その人選は必然ということだったのかも。


あるいは、そういった個人的なことを超えて、彼女たちを通じて現代の女性たちが抱える物語が一般化されて伺い知れるというところもあったのかもしれない。




いずれにしても彼女たちは最後に「母型」に集い、そこで各々になにかを感じ、人生を交差していった。



そこで感じたことは各々に異なり、一般的な解釈やより強度のある解釈、あるいは製作者の意図などからすると「違う」といったものなのかもだけど、でも、作品を体験した後に彼女たちがそれまで見ていたのとは違った考え、景色が見えたのは確かだったのだろう。


それは自分にも共通して、この映画を見終わった帰り道、いつもより周りをじっくりと感じたり味わえたりしてるのに気づいた。街灯の光とか人の表情とか、あるいは風の音や肌への感触とか。

最寄り駅の駅舎からのいつもの景色に銀河鉄道の夜を想いつつ、いつもなら街灯などの明かりの方に視線が行きがちなのに、暗闇の川にわずかに映える光、おぼろげに見える川の様子に目を凝らしているのに気づいた。

おぼろげでかすかで頼りなく、そのものの色や形もはっきりしないのだけど、そこにそれがあるという外郭―かたちはなんとなく見える / 想像できるというようなもの。


「見終わった後にそれ以前と感触や感じ方が変わる、というのがよい作品体験だ」みたいな言葉がどこかにあったように思うけど、そういった意味ではこの映画は良い作品だったのだとおもった。












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今村純子、「シモーヌ・ヴェイユの詩学」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/412506991.html





「愛と心理療法」-「重力と恩寵」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/428386592.html




「明るい部屋」とベンヤミン: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/389569036.html


ジョナサン・クレーリー、1999、「観察者の系譜」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/417357248.html


あえかなる部屋 → すっぱい葡萄|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n162228671e1d



「目の見えない人は世界をどう見ているのか」「ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由」|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/ned2dda6dbb29



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2015年11月25日

最相葉月、2014、「セラピスト」



セラピスト -
セラピスト -



「読んだ」ぐらいに、この本からリンクした次の読書リストをメモる程度にとどめておいても良かったのだけど、一部が次?のエントリにも繋がる話なのでメモ的に。

「昨今の若者の特徴として、主体-自我が確立しておらず、かつての精神医学の療法では対処できなくなっている」みたいなの。結果的にDSM的基準から操作主義的な対処や認知行動療法(物事の受け取り方や考え方の癖、歪みを自覚し、それによって引き起こされた行動を訓練によって修正していく心理療法)などがとられているようだけど。そして重篤な場合には精神医学的に「お薬を出す」。それは対処療法であって根治ではないのだろうなあという印象がある。平たくいうと「救われない」。まあでも、スピード化が求められる現在の精神医療な現場ではシカタガナイという側面はあるのだろう。それとは別に個人的にはこういうのかかる場合は精神医学なひとではなくセラピストやカウンセラー的なひとに診てもらいたいと思うけど。



前置き長くなったけど該当箇所の引用(一部中略)から


「箱庭療法はやりにくくなっています。絵画療法もそうです。箱庭や絵画のようなイメージの世界に遊ぶ能力が低下しているというのでしょうか。イメージで表現する力は人に備わっているはずなのですが、想像力が貧しくなったのか、イメージが漠然としてはっきりしない。内面を表現する力が確実に落ちているように思います。ストレスがあると緊張が高まって、しんどいということはわかる。だけど、何と何がぶつかっているのか、葛藤が何なのか、わからない。主体的に悩めないのです」

「最近多いのは、もやもやしている、といういい方です。怒りなのか悲しみなのか嫉妬なのか、感情が分化していない。むかつく、もない」

「むかつく、というのは苛立ちや怒りの対象があるということです。でも、最近は対象がはっきりせず、もやもやして、むっとして、そしてこれが一定以上高まるとリストカットや薬物依存、殴る、蹴るの暴発へと行動化、身体化していきます。でも、なぜ手首を切りたくなったのか、その直前の感情がわからない。思い出せない、一、二年ほどカウンセリングを続けて、そろそろわかっているだろうと思っていた人がわかってくれていなかったことがわかる。それぐらい長く続けてもわからないのです。悩むためには言葉やイメージが必要なのに、それがない。身体と未分化というのでしょうか。○○神経症と名付けられるのはごく少数派です」

「私が相談室に入った1980年代は、クライエントにはまだ主体性がありました。抱えている問題を言葉やイメージで伝えることができました。ところが、今は、言葉にならないというだけでなく、イメージでも表現できないのです。箱庭を作りたい、絵を描きたい、夢について語りたいという学生も減りました。かといって、カウンセラーのほうにも箱庭に誘うゆとりがありません」




学生相談員であり河合隼雄の弟子筋であるが学生の特徴について研究した「現代学生のこころの育ちと高等教育に求められるこれからの学生支援」(2009)から、相談にくる学生たちの大きな変化、3つ:


一つは、自分の言葉で悩めない、ということ

二つ目は、「巣立てない」ということ。疾患など特別な背景もないのに引きこもっている学生が増えてきている。あるいは内定鬱からパニック障害になったり。

三つ目は、特別支援を要する発達障害やその傾向をもつ人々が増えている、ということ。ネットジャーゴンだといわゆるコミュ症。



河合隼雄「発達障害への心理療法的アプローチ」との関連から、該当インタビュー


「対人恐怖症は、今はほとんどなくなってきたんです。ものすごい少ないです。ぼくが臨床始めた頃は、対人恐怖症がものすごく多かったんです。いまそれないですよ。対人恐怖にならんと、ただ引っ込んでるのや。人前に出なきゃならない、でも出られない、そういう葛藤があるから対人恐怖症になるんでしょう?今は葛藤なしにポンと引っ込んでしまうんです。赤面恐怖の人もものすごい減ってます。赤面恐怖いうたら、積極的に出てくるか、ポーンと引っ込むか。その間に立って、いちばん困ってる、人間関係の日本的しがらみの中でフラフラになってるのが赤面恐怖だったんですよ。それがなくなってきてる代わりに、途方もない引きこもりになるか、バンと深刻な犯罪になるか」(「論座」2008年1月号)



河合隼雄が見るもう一つとして、1970年代から80年代にかけて大流行した境界例が減少してきている、というのがある。


境界例とはパーソナリティ障害の一型で、もとは神経症と精神病の境界領域にあるという意味で「境界例」と名付けられた。親子関係や恋人関係、治療者との関係など二者関係にこだわり、しがみつく。相手を賞賛し理想化したかと思うと、こき下ろす。すさまじい自己主張をし、相手に配慮することはない、などの特徴がある。

境界例に代わって解離性障害(ex.多重人格)の流行があり、やがてそれも去った頃に発達障害が目立つようになった。



発達障害には授業中や座っているべきときに席を離れてしまう「多動性」や「不注意」、含みのある言葉や嫌味をいわれてもわからず、言葉通りに受けとめてしまうことがあるなどの「対人関係やかだわり等」に特徴がある。

河合俊雄はこれを「主体のなさ」ゆえの障害だと見ている。主体がないから他者が認識されず、言語が生まれてこない。主体が欠如しているから、人と関係が持てず、孤立している。あるいは、相手や状況に合わせてしまう。学生を指導する中でも、クライエントを見ても、父・河合隼雄の時代とは明らかな違いを実感する、と河合はいう。

「世の中は、クライエントもセラピストも、従来の心理療法に向かない人が増えています。実習でロールプレイをやっていても、相手がしゃべっているのを待っていられない。ためることができない。そんな学生が増えてきました」

「今は、全部が表面の世界なんです。たとえば、ツイッターにぽーんと書き込むとみんなが知っている。しかも、RTというかたちで他人の言葉が引用されて広がっていくので、どこからどこまでが自分の言葉かという区別もない。秘密とか、内と外の区別がない世界なので、自分にキープしておくことがなかなかできなくなっているんですね。心理療法というのは主体性があって自分の内面と向き合える人を前提としていますから、内と外の区別のない場合は、相談に来ても、自分を振り返ることが非常にむずかしいんです」




反対に、よく喋るクライエントも「しゃべる」ことで己を守っている・隠しているところがあるようで、ふとした沈黙の次に訪れる言葉のほうが大事だったりするらしい。




<主体がない≠自我がない>という問題についてはこのへんでうんたらした。


あれからぼくたちは / 冬の風のにおいがした|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n00fabbd86e6c


承認欲求という言葉でミスリードされてる虚栄と刺激の構造もこの辺だろうし、「カーニヴァル化する社会」で射程していたネットによく顕れるような現代若者の特徴もこの辺の問題となる。すなわち「短期的な祭りをコンサマトリーするわりには長期的なもの、(ミードいうところの)"I”がない(他人との刺激-関係にもとづいた me だけ)」


カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書) -
カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書) -
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わたしたち消費―カーニヴァル化する社会の巨大ビジネス (幻冬舎新書) -
わたしたち消費―カーニヴァル化する社会の巨大ビジネス (幻冬舎新書) -

鈴木さんのこういった関心や射程はブログ、soul for sale を読んでいても伺えるし、実際に学生指導を通じて感じた実感にもとづいているのだろう。その意味で、教科書的なオベンキョだけの話でもない実体験を通じた試考錯誤なのだろうなあとおもえ、ケーゾク話題としてのこの辺りが気になりつつ積読(録?)となっている。


2015年08月30日Part0(予告編)「ブロック化する社会をどう生きるか (文化系トークラジオ Life)
http://www.tbsradio.jp/life/2015/08/20150830part0.html




なので、このエントリ終わって次の読書ターンにとりかかったときにpodcast聴いたらおっかけ感想したりしなかったりしようかと思ってるんだけど。




「セラピスト」の話題に戻ろう。




全体としての感想や印象としては「精神分析とかカウンセリングについて悪い印象を持っている人は読んだほうがいいかもなあ。。」というものだった。自分もそうだったのだけど、<大した共感力もなく、他人の心がわからない人間がただ「精神科医」という肩書きからマニュアルで人を裁断し、マニュアル通りに薬漬けにする>、みたいなの。精神分析に基づいたシカクシメンなひと的にはそういうところもあるのだろうけど、心理療法士全体がそういうわけでもない。あるいは精神科医も。

本書は日本の代表的な精神科医であり臨床家である河合隼雄と中井久夫を中心とした「日本精神分析血風録」的なところがある。

本の雑誌血風録 (朝日文庫) -
本の雑誌血風録 (朝日文庫) -

黎明期の日本の精神医療において、試行錯誤や葛藤を通じて現在のような方法が採用されてきたこと。その過程での心あるセラピストのあり方のようなものが伺える。


また、本書は河合隼雄に代表される箱庭療法、中井久夫に代表される絵画構成法がどのような背景と目的から実践されていったかをゆるく伺えるインタビュー集にもなっている。河合隼雄は故人なのでインタビューの中心は中井久夫となり、著者である最相葉月は実際にそのセラピーを受けつつ箱庭療法を実践していく。そして、その過程で自身が精神的な病を患っていたことも判明していく。


[書評] セラピスト(最相葉月): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2015/09/post-ef7f.html

 個人的なことを書くことをお許し願いたい。私はずいぶん前から、自分がなんらかの精神的な病を抱えていることを自覚していた。ときどき風景が止まって見える。睡魔が襲う。重いときには、テレビのお笑い番組で笑えず、毎朝毎晩読んでいた新聞を読めなくなる。(中略)物事の判断力が鈍り、わけもなく涙がこぼれる。このままでは死ぬしかないと思い、首をつろうとしたこともあった。



自身の傷に触れるこのカミングアウトは最相葉月の作家としての、あるいは、人としてのポリシーになってるものにも思えた。「一方的に他人を断罪しない」「対象として消費しない」といったような。そして最相が会ってインタビューしてきたセラピストたちにも通じていく。

「セラピストになる内の1/3はふつーのひと、1/3は自身も過去になんらかの精神疾患があって興味を持ち共感力が高い人、1/3は現在病にある人」(大意)という辺りにもそれは表れていた。すなわち、単に腑分けし、オクスリするだけがカウンセラーではないということ。対話を通じて自身の問題にも向き合っていく人たちがいるということ。


「カウンセリングはまずその人の話をじっくりと聴くということです。話をきちんと聴くだけでも違う。きちんと聴き適切に相槌、応答していけばクライエントのほうから自身の矛盾に気づき、問題を明るみにし、修正のきっかけを提示してくれる」

このようなことが書かれていた箇所があったように思うけど、そんな感じではないかとおもった。別件で「風俗のお客の語りでもそういうところがある」「−y( ´Д`)。oO○SMなんかもお客その部分をお察しし、調度良いぐらいの力加減でカタルシスしていくのがポイントなんだよ」とかな会話したなあとか思い出しつつ。


そういうセラピストに出会えれば幸いなのだろうし、医療現場に限らなくてもそういう人はいるのだろう。










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バブ / 団子の日 / 自己愛について / ヒロシマ(パリ、ベイルート、レバノン、フクシマ、、)というとき|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n305840021fbe


嫉妬、羨望、感謝感激雨あられ|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n463bd8044424




熊倉伸宏、2000、「死の欲動  臨床人間学ノート」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/415586919.html





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2015年11月21日

「進撃の巨人」を7から17まで一気読みしてみてうんたらかんたら



大した話題でもなくエントリするほどのものでもないかなあとはおもうんだけど、他人様のこういう系の感想が見てみたいなあと思ってる自分がいたので「まあそれだったら」ぐらいで自分のものをを置いとく。なので、こういう見立てをするならもっとうまく言語化できるひとがいるだろうし、そっちのほうを期待する程度。リベラル / ウヨサヨ的なとこは今回はわりとどうでもいい(むしろ、パリのテロをネタにうんたらするのは現段階では控えたい)。

なので、以下はウヨサヨがどうとかな政治的なうんたらがメインというよりも「最近読んだマンガからなんとなくおもった」ぐらいのこと。

























進撃の巨人 コミック 1-17巻セット (講談社コミックス) -
進撃の巨人 コミック 1-17巻セット (講談社コミックス) -


「進撃の巨人」を最初に見た時の印象は「周りを壁で囲まれた街でのサバイバルタクティクスもの。ギミックとしての立体機動装置とかは中世 → スチームパンク的な技術文明的にあったかもしれない未来(パラレルSF)を思わせる」ぐらいで、「囲まれた街」「タクティクス」「サバイブ」「巨人におっかけられ食われる」「駆逐してやる…駆逐してやるぞ!」な印象だった。特に後者の「巨人に追っかけられている」「駆逐してやる」というところがこの作家の無意識下になぜかある声のようなものをモティーフとして具現化したものなのかなあ、とか。そこに箱庭的な城塞都市空間が絡んで。なので、汚い大人のパターナリズムによる圧迫に神経症的な不安を感じた若者たちによるオヤジ狩りみたいな反動を表したものなのかなあ、とか。精神的にはおやじ狩りとしてカタルシスしつつ、現実世界としては「そうしたオヤジたちにはならない」「居酒屋コミュニケーションとかしない」ぐらいの。

全体の設定とかキャラとしてはラノベとかふつーのスチームパンクファンタジー程度のものなのだけど、巨人の造形のとこだけが独特の嫌な感じで、その嫌な感じが癖になるところなのかなあって感じだった。ヒエロニムスボッスとか石田徹也みたいな嫌な造形の巨人たちが弱っちい人間たちをぷぢゅっと食べるとこに感じる自虐のようなもの。


石田徹也遺作集 -
石田徹也遺作集 -


「なぜかわからない、誰かに設定された擬似環境ー箱庭世界におけるバトルファンタジー」ということだと「CLAYMORE」を想わせたし、バトル要素を抜いた箱庭世界ということだと「マリィの奏でる音楽」を想わせ特に新しいものには感じなかった。

CLAYMORE 全27巻完結セット (ジャンプコミックス) -
CLAYMORE 全27巻完結セット (ジャンプコミックス) -

Marieの奏でる音楽 (上) (バーズコミックスデラックス) -
Marieの奏でる音楽 (上) (バーズコミックスデラックス) -

Marieの奏でる音楽 下    バーズコミックスデラックス -
Marieの奏でる音楽 下  バーズコミックスデラックス -

「進撃の巨人」のモデルになった都市?の周辺話    中世ヨーロッパにおける巨人、city、village: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/379508545.html




そういう印象だったのだけど、しばらくブランクを開けて読んでみたら登場人物の心理、葛藤描写のところがさらに深まってるように思えた。以前は、<自閉からの反動的な攻撃性を妄想したものという雰囲気で、そこに自虐が感じられその自虐が巨人の造形に投影されてるのかな>、って印象だったのだけど。しばらくぶりにみると、登場人物たちがそれぞれに戦う理由やそれぞれの場面での勇気を振り絞って立ち上がる場面を通じて、そのあたりの自虐、陰鬱な雰囲気が少しずつ変わっていってるように印象した。特に15,6巻ぐらいの盛り上がりのところの、主要登場人物以外の、都市の住民たちも勇気を振り絞って革命に参加していく場面。この辺りは単なる自分と(その投影としての)仲間たちのヒロイック・ファンタジーへのナルシシズム的心酔ではなく、「社会全体と協力していく」「絶対不利な情況でもなんとかしていく」という意志のようなものが感じられた。そこではオヤジたちは「汚いもの」としてもはや巨人たちへ投影されるだけのものではなくなっていた。そして、そういった勇気のあり方、「絶対閉塞な環境でサバイブ的に勇気を振り絞って活路を見出していく」「それでもまず一歩を踏み出す」という辺りに真鍋昌平を感じた。

新装版 スマグラー (アフタヌーンKC) -
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SMUGGLER (アフタヌーンコミックス) -
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闇金ウシジマくん コミック 1-34巻セット (ビッグコミックス) -
闇金ウシジマくん コミック 1-34巻セット (ビッグコミックス) -

真鍋昌平はウシジマくんの描写から社会の嫌な部分を垣間見せる露悪的なものとして印象されがちだけど、作品のテーマは「そんなところでウジウジしてねえでなんでもいいから最初の一歩を踏み出せよ」ということでそれは初期作「スマグラー」に凝縮されている。逆にいうとどのような環境でもうじうじと凝り固まって小さな集団の論理で酔って依存してる人たちは不幸になっていく / なっているという視点から露悪的な場面が生まれている。そういう意味ではその辺りの描写とメッセージは「東京タラレバ娘」「かくかくしかじか」に通じる。

かくかくしかじか 1 -
かくかくしかじか 1 -
かくかくしかじか 1 (マーガレットコミックスDIGITAL) -
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東京タラレバ娘(1) (Kissコミックス) -
東京タラレバ娘(1) (Kissコミックス) -
東京タラレバ娘(1) (KC KISS) -
東京タラレバ娘(1) (KC KISS) -


進撃の巨人世界を日本社会のメタファーであるとすると、周囲を壁で囲まれた世界というのは安全保障と核の傘によって守られつつも囲い込まれている日本という国と社会を思わせる。そこで、戦争反対!軍事力保有反対!みたいなこといいつつ軍事・安全保障はアメリカに任せている矛盾がまずあり、ふつーの神経(あるいはある程度誠実)ならここで自身のポリシー(軍隊もつこと反対)に反する / でも現実的にはもたないといけない、のでダブルバインドする。なので、そのダブルバインドの苦しさから逃げるために「アメリカのポチだからシカタナイ(シカタナク従っているのだ)」みたいな自虐的な論理、論理の挿げ替えによる心の防衛が発生するのだろう。

このようなリアリティに基づく日本社会を生きる人々の中では、ポチ的な従属をすることで得た経済的繁栄をエコノミックアニマルとして自虐しつつも、バブル崩壊によってそうやって得られた経済的繁栄さえも失ってしまいはげしく自信喪失が発生した。そういった特殊環境に涵養された高度成長期の「男は働いておけばいい」「働いてればほめ(終身雇用)てくれる」というモデルが失われて人生のモデル・指針が失われてしまったこと。このあたりの自虐とナルシシズム(ポチとかクズとか自虐してアンシンしてる)のこじらせに竹内洋 ← 丸山真男がいうところの悔恨共同体あるいは罪悪共同体的な自虐史観が癒着していたのだろう。


竹内洋、2011、「革新幻想の戦後史」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/383640969.html


ポチとかクズとか自虐して現実に向き合って現実的対処を考えないうちはアンシンだし楽だし、そのうえ「国はポチだから」ということで他者に責任を転嫁できる。そのうえで自分たちは日本軍の罪を悔恨し罪に思ってるということをアピールしていけば良い人間であるべき自分たちの心の平衡を保てる。もちろんそういう形で逃げ場としてこういう良心にすがる人ばかりでもなく、きちんとした反省と謝罪は必要だろうけど。


それは個人のパーソナリティとしては自閉的であるがゆえにみょーに責任感が強い / 他人への配慮が強すぎる / その超自我が反動としての攻撃性も含んでいる / こういった超自我の縛りによって環境がブラックなものになっても環境のせいにできず、自分で全部背負って鬱になるタイプの人を思わせる。


ちなみに「日本が軍事力を持って外国へそれを派遣するようになると軍国国家の悪夢が再来する」「それは日本はきちんと謝罪してないとこにも表れている」みたいなこというひとはこのへん読んどくといいんじゃないかなあと思う。


Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2015年 10/13 号 [「模範国家」ドイツの現実] -
Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2015年 10/13 号 [「模範国家」ドイツの現実] -




「進撃の巨人」の近刊であらわれてきた「象徴的な王」「王の挿げ替え」的なモティーフは象徴天皇を想わせた。「一部の巨人が使うことのできる特殊ギミック『ほかの巨人を従わせることができる』」も。昔の、象徴ではない天皇、森の王としての天皇の神秘性なんかを想わせて。


精霊の王 -
精霊の王 -


そうするとこのへんの欺瞞に対して山本「現人神・・」も絡んでくるのかなあと深読みしたりする。

現人神の創作者たち (山本七平ライブラリー) -
現人神の創作者たち (山本七平ライブラリー) -




箱庭的な閉塞環境でなに不自由なく揃ってるけど外には巨人という脅威が広がっていて、「ソモソモなぜその脅威があるか?」「なぜわれわれは壁の中にすまないといけないのか?」「壁の外はどうなってるのか?」ということに対する好奇心や思考がゆるやかに禁じられている世界。外の世界に調査兵団も出せるので許されてはいるけれど、一定のところまで思考が達すると検閲が入ったり、自ら記憶をたどることを封じてしまう。

この辺はモロに自衛隊と軍隊のあり方、あるいは「軍をもつもの(暴力装置として囲い込むもの)がソモソモ国である」という定義を想わせる。日本では「軍をもつこと」についての思考それ自体が半ば禁忌となっていて、一定までは思考実験として遊ばせてくれるけれど、ある一線を越えると「もう無理」的なシャットアウトが生じる。少なくとも一部の人々の間では。そこにはそのレイヤーにおける合理的な思考、コードの遵守がなくだいたいが感情論になる。「彼らが攻め込んできたらどうするんですか?」「酒飲んで話しあえば済みますよー」みたいな。


「一定のところまで思考が達すると検閲が入ったり、自ら記憶をたどることを封じてしまう」

こういったモティーフは最初の頃にはなかった、あるいは、物語の都合上からか主人公周りだけに配置されていて、作品全体の、登場人物全員に共通するテーマという感じでもなかった。「なんだかしらないけど無意識的に配置されてるモティーフ」みたいな感じの。

んでも近刊だとこのモティーフが主人公以外にも配されていて、この作品がそういったことをテーマする作品なのかなあという想像を誘導させた。心理学的な対象としての「なんだか知らないけどそのことについて考えようとすると思考が止まってしまうような」「記憶が改鼠されているような」、そういったもの。防衛機制的な心理過程。

そうするとこの物語というのは「なんだかわからない壁とソトノセカイ」辺りがユングとかのそれ、「敵は外(巨人)ではなく内にいる」「欺瞞的な王政の打倒」あたりがエディプスコンプレックスと関係するのかなとかも思わせる。ただ、そこに母たるものへのリビドーも父たるものの設定も曖昧なのでエディプスコンプレックスなのかなこれ?てかんじではあるけど。その意味で、この物語は従来の日本アニメ・マンガにおけるこの手の話、エディプス・コンプレックスとそこからの離脱というビルドゥングスロマンの型から外れていく。


近代的理性の立ち上がりと国家幻想、そこから疎外されていったものたち、のはなし: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/381011164.html


この物語が「なんかへんだなこれ」てかんじだったのはこのへんだったのかなとおもうのだけど。


エディプス・コンプレックスという解釈に収まらないコンプレックス・抑圧の潜在というところで発達段階での母たるもの - 全能なるものからの自立・分離が連想され、「進撃の巨人」の登場人物たちはその経路をたどる。そのへんは自分的にはユング派、クライン派のお勉強を通じて照らし合わせていくとおもしろいのかなあとか思わせる。










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嫉妬、羨望、感謝感激雨あられ|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n463bd8044424



「エヴァ破」をめぐる「父性」「母性」「愛」のあり方と行方みたいな話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/223289573.html


愛はさだめ、さだめは死?: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414133706.html




「進撃の巨人」の作者・諫山創さん単独インタビュー 拒絶され諦めそうに - BBCニュース
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-34559269









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2015年11月12日

「マレフィセント」と「八日目の蝉」




ついったーで人に勧められて見たらおもったより良かった。



マレフィセント (吹替版) -
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マレフィセント MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray] -
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ストーリーや映画の構成、演出自体は最近よくある「あの童話のこの本当の物語」「ここが詳しく語られてなかったので詳細に見てみたらこんな愛の物語が」という昔の人の心性を現代人のロマンティシズムや規範で再解釈しようというものに思える、し、この映画が絶賛されたのはむしろ衣装や SFX などであったかとはおもうのだけど。

そうは思いつつもストーリーな部分でちょっと気になることがあり自分的に掘ってみたく思ったのでエントリに起こしてみる。


以下いつもどおり、あるいはいつもにも増してネタバレだろうし、たぶんこの映画は特にネタバレを嫌う層が見るものだろうからなんだったらここまででこのページは閉じてしまってくださいm(_ _)m






いちお基本ストーリーのおさらい


マレフィセント (映画) - Wikipedia http://bit.ly/1llrL5h


いわゆる「眠りの森の美女」のお話でこの映画ではお姫様に眠りの呪いをかけた魔女はなぜそんな呪いをかけたのか?というところにフィーチャーして物語が空想されていっている。そこから「本当の物語」「愛の物語」が紡がれるわけだけど。

おそらく民俗学的な「ほんとう」のお話だともっと残酷というか、シンプルな理由、因果関係が設定されてたのではないかと想ったりもする。ひところ流行ったような「本当は怖いグリム童話」的な。現代人が子どものそれにたいしてたまにドキッとするような無邪気?な残酷さ。フランス革命時でも見られたような理知のない大衆の残酷で即物的な心性。


ロバート・ダーントン、1984(1990)、「猫の大虐殺」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/382911771.html


彼らは猫を殺しておもしろがる。


そういった心性は現代だとサイコパスとか、すこし異常が疑われる少年心理に共通するものに思われるけれど、むしろ近代的な理知・教育がなければそれがふつーだったしふつーなところもあったのだろう。野卑で残酷で即物的で動物的な。


眠り姫の物語ももともとはそういったものだったのかもしれない。

民俗学でたどれば、現在のようなディズニー的な定本「眠りの森の美女」といった感じでもなく、複数の文化圏の眠り姫民話の共通する物語素が見いだされるかも。そして、そこではおそらく「魔女がなぜそんな呪いをかけたのか?」ということはそんなに重要ではない。重要なの、あるいは共通するのは「眠り姫は王子のくちづけで目を覚ます」というところなのではないかと思う。でも、そこも案外、近代的な物語の因果律的に後付構成されていったもので、もっと地味で、物語を愉しむ上ではそんなに重要ではないと思われるようなことが共通する物語素だったりする、のかも。赤ずきんの物語が実は胞衣(えな)をめぐる物語だったように。



そういった予防線を張りつつ、自分的にこの映画で関心したところ、すこし考えてみたく思ったところは「血のつながっていない母親の愛こそが真の愛」というテーマが「女であること、女になることの悩み」を抱えている女性たちの物語の中でなぜ突然配されてくるのか?ということだった。


たとえば角田光代にも共通するテーマ、「そんなに不自由ない生活を送っていつつも夫との関係、あるいは日々の暮らしのなかでなんとも言えない満ち足りなさ、実存の希薄を感じた女性たち」。この不安を抱えた女性たちは女性性の受け容れでこじれが生じてるように想うのだけど、ではなぜ女性性の受け容れでこじれが生じている女性たちの物語が「八日目の蝉」に帰着するのか?


園子温、2011、「恋の罪」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/429245999.html

角田光代 - Wikipedia http://bit.ly/1llvpvM


あるいは女性性の受け容れに生きにくさを感じる彼女たちの物語。


「マレフィセントで気になったのは…」というか「角田光代が空中庭園的なものからなぜ八日目の蝉へと進んだのか?」というところが気になっていて、それが「マレフィセント」←「アナと雪の女王」にも共通したのかもしれない。



「アナと雪の女王」も女性性の受け容れをめぐった物語であり、そこではステレオタイプな、あるいはパターナリスティックな男性性が、あるいはそれを受けたステレオタイプな女性像・規範が彼女たちを苦しめる。そこからの解放へと向かう物語(「ステレオタイプな女性像を辿らなくてもわたしたちはこんなに自由に羽ばたける」)がカタルシスとなっていくわけだけど。その際、彼女たちの困難に寄り添うのは理解のある男性であるというよりはむしろ女性となる。その辺りでこういった物語が同性愛的なものとして解釈されることもあるのだけど。たとえば「思い出のマーニー」とかも。


「思い出のマーニー」|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nf6b051d07826


彼女たちに寄り添うのが女性であるのは彼女たちが自らの女性性、あるいは、パターナリスティックな規範としての女性性と男性性に対して恐れを持っているからだろう。なのでこういった物語ではそういったところからは自由な、性愛とまでもいかないような友情を介した愛情、同性同士の連帯が主人公を支える存在として配されていく。

「マレフィセント」の場合は魔女(マレフィセント)と眠り姫の関係がそれに当たる。


彼女たちの関係はフラットな友情ではなくむしろ「呪いをかけた/かけられた」という敵同士ともいえるものだけれどそれは中盤から後半の話で、それまではフラットな友情、あるいは母の居ない眠り姫を見守る擬似母とその娘的な関係として物語は展開していく。母親的な、あるいは畏友的な存在。

物語の後半に「私に呪いをかけたもの」としてその関係は崩れる。信じていた相手に裏切られたという気持ちがあったのでなおさらに。

しかし、この亀裂は「わたしを陰からずっと見守ってきてくれたのね!」ということで納得され修復されていく。これで「呪いをかけた」ということが帳消しにされるのはオーロラの性格の良さというか、物語の都合もあるのかなとかは思うのだけど。


マレフィセントがオーロラに呪いをかけたのはオーロラ以前の物語、オーロラの父親とマレフィセントの過去に因果するものとこの作品では解釈され物語られていく。


自由を謳歌する翼をもった妖精王的な存在であったマレフィセントとその男は恋に落ちた。しかしマレフィセントは人間の王から疎んじられ討伐令が出されていた。男はマレフィセントの翼を奪い王に捧げることで次代の王の権利を得た。この裏切りをマレフィセントは許さず黒い魔女となっていった。その恨みが王となった男の娘、オーロラに呪いとなってかけられていった。




マレフィセントの翼は自由な女性の生き方を象徴するものであり人間の王の規範、それを担保する武装や暴力は従来のパターナリスティックな男性規範を象徴するものだった。


物語の終盤、王となった男がマレフィセントに襲いかかる場面はまさにそれを象徴するものだったろう。ガチガチの鎧に身を固めて残虐かつ無慈悲にマレフィセントに襲いかかる男。かつての恋人という情けもなしに。


しかし、ここでオーロラの助けによって翼を取り戻したマレフィセントは空に舞い上がり男を圧倒していく。


そして森へと還っていく。オーロラを伴って。




この作品のテーマはおそらく「眠り姫は真実の愛のくちづけで眠りを醒ます、というときの真実の愛とはなにか?」ということでその周りにゆるく女性の自立のモティーフが張られている。


「真実の愛なんてありっこないのだから」

この言葉が繰り返されるたびにこの映画のテーマがそれであること、そして、それがアガペー的なものなのだろうなということが見るものに予感される。


「関係的には呪いをかけた敵である/あったのに愛情をかけて見守っていった / 自らを犠牲にして愛を注いでいった」

「そこに真実の愛があった」とこの映画では結論する。見返りを求めない愛 = 真実の愛。


真実の愛によって姫は眠りから覚めた。



それ自体には特に異論はないし、おそらくこれがエレクトラコンプレックス的なもの - 女性性の不安を抱える女性たちの物語に「八日目の蝉」的なものが配置される理由なのだろうとは思うのだけど。

つまり、「旧来の窮屈な関係性がパターナリスティックな愛情を強制した結果、彼女たちの関係が窮屈なものになっていった、母娘←母性/父性の窮屈な型の踏襲が彼女たちを窮屈にし、その緩やかな暴力が旧来の男性性や女性性に対して恐れを抱く背景と成っていった」、とするとき、彼女たちにとって血縁などの旧来の関係性とそのセットとしてのパターナリスティックな規範も恐れの対象となっていく。それに対して、血縁ではない関係、血縁ではないのに愛情をそそぐ(見返りを求めない愛情を注ぐ)ということは希望となる。


ここでこの映画で提示される「真実の愛」についてすこし引っかかった。あるいは「真実の愛」を設定する際の配慮というか。





男がかつてマレフィセントから翼を盗んだのは、単に男が自らの利益のため、王になりたいという権力欲のためにマレフィセントを裏切った、ということだったのだろうか?そして、それがゆえに男のそれまでの愛は偽りのものだったといえるのだろうか?


討伐令が出ていたのだからそのときあやろうと思えばマレフィセントを殺すことも出来たはずだけど男はそれをしなかった。翼を盗むにとどめて。

それは、その時点では男に未だマレフィセントへの恋慕があったためにその躊躇から、といえるかもしれない。その躊躇や呵責は男が王となること、時が経つことで忘れられていった(男もかつての王のようにパターナリスティックな男性性に埋もれていった)、と。男がマレフィセントに襲いかかる場面はそう想わせた。


しかし、王となった男はなぜマレフィセントの翼を飾ったままにしていたのか?


「それはかつての王に献上したものであったため、その名残として飾られていただけだ。狩りの成果の剥製のように」


そうも言えるかもしれない。あるいは物語の都合上、後にマレフィセントがその翼を取り戻す場面がカタルシス的に必要だったから、とも。


でも、敢えてそれを男の無意識に依るものだったのではないか?と妄想してみる。


「命までは奪わないとはいっても翼を奪うことは彼女の社会的な価値、それに基づいた自己規定や誇りを奪うものだった。そのことに対して、男はあまりにも鈍感で無配慮だったのではないか?」


男は、本当はマレフィセントに翼を取り戻して欲しかったのかもしれない。あるいは、そこまでいかなくても、かつての恋人の最も大事なものを処分するには忍びなかったのかも。世間の都合上、彼女から翼を奪ってしまったけれど、男も翼をもって自由に飛び回る彼女を愛していたのかも。彼女のうつくしさもさることながら翼をもって自由に飛び回る様を。その思い出の縁としてそれを捨てられなかった。彼女との復縁を望むというわけでもないだろうけれど。そういった気持を隠す反動が男がマレフィセントに対して極端な残酷に出た背景としてあったのかもしれない。




「一般的な物語-解釈的には悪役と想われているものにもヤサシイココロが」「そこに真実の愛が」として「眠り姫」の悪役を救う時、「マレフィセント」の悪役にも同様のヤサシイ視線があればよかったのでないかと、少し思った。



























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クリス・パック/ジェニファー・リー、2013、「アナと雪の女王」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/407796083.html




ラース・フォン・トリアー、2013、「ニンフォマニアック」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/425284729.html

「ニンフォマニアック」の最後に出てくる擬似母娘の関係と「かつての男」をめぐるそれは「マレフィセント」にも共通するけれど、義理の娘が男(セックス)を選んで義理の母に小便をかける様は女版のエディプス・コンプレックスなのかなとも。「それがエレクトラ・コンプレックスというものだ」ともいえるけど、もっとエディプスコンプレックスを女性が演じて戯画化したような。あるいは、そこでの義理の母は(この娘にとっての)神だったのかもしれない。規範的で、パターナリスティックな「神」の面に小便を



園子温、2011、「恋の罪」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/429245999.html





映画系女子がゆく! | 青弓社
http://www.seikyusha.co.jp/wp/category/rennsai/eigakeijyoshi

サブカル、メンヘラ女子の「女性としての生きがたさ」「女性性の受け容れ」なテーマの映画の解説として



映画系女子がゆく! -
映画系女子がゆく! -




不思議な少年(7) (モーニング KC) -
不思議な少年(7) (モーニング KC) -

ソフトバンクのCMもこういったノリ程度のものだったのではないか?と思うのだけど「有名な『あの物語』の主人公たちが集うbarでかわされる本当はこわいうんたら話」。「いわゆる死体マニアだった王子」や「足フェチ王子」について語られるなかで「何億ものひとに嫌われるなんて酷すぎる…」と『平凡』な男は涙する。

posted by m_um_u at 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2015年11月07日

園子温、2011、「恋の罪」





近頃これを見てよかった+個人的な思い出琴線に触れることがあったので











物語の構造的には「そんなに不自由ない生活を送っていつつも夫との関係、あるいは日々の暮らしのなかでなんとも言えない満ち足りなさ、実存の希薄さを感じた女性たち」ということで、村上春樹の小説にもチラホラでてきたり、山本文緒的なものだったり、あるいはこないだ見た「空中庭園」も同様のテーマだった。





「空中庭園」|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n3bfc95e30ec1



「空中庭園」にしても「恋の罪」にしても(あるいは「ゴーン・ガール」にしても)、バイオレンスとかサスペンス、事件的なもので進行していく部分はファンタジーで、本当の、あるいはこういう問題に共通する女性の心理の根っこの部分は「実存の希薄」というところなのだろう。「恋の罪」のモデルとなった東電OL事件はそういうもので、世間的には十分に満たされている、勝ち組のはずの東電OLがなぜあんな事件を?というとところで関心を集め、けっきょくその理由は明らかにされていない。そこに現代の都会の女性、あるいは現代人に共通の心の課題が仮託される。


「ゴーン・ガール」にしても「紙の月」にしても、現実では女性たちは事件を起こさずに日々を送っていたのかもしれない。モノやお金的にはそれなりに満ち足りてはいるけれど、どこかで欠けたそれに空虚さを持つような。はっきりと「これ」とは確定できないけれど、なぜか自分が満ち足りてないような、そういう不安や疎外感のようなものを抱えていたのかもしれない。その不安や空虚さのなかで、彼女たちの精神世界のなかで生まれた修羅やファンタジーが「ゴーン・ガール」や「紙の月」だった。彼女たちの日々の空虚さからすれば、銀行の金を着服することや、サイコさんよろしく夫をあやつるために完全犯罪的な暴力をふるうことはむしろ爽快だった。爽快という言葉は語弊があって止むに止まれぬ流れでそうなっていったところはあっただろうけど、そういう形のファンタジーを通じて彼女たちは自身の空虚をカタルシスしていった。あるいはドラマ「すいか」の小泉今日子とか。









彼女たちに欠けていたもの、あるいは奪われたものはなんだったか?


本作ではそれを「恋である」と仮定する。

恋といっても LOVE ではなく ROMANCE のほうの。

恋愛というかロマンティックな幻想でありファンタジーのほうの。

彼女たちをわくわくどきどきさせるような、あるいは、灰色の日々に彩りを与えるような。そういった色味。




結論から言えば、本作の題名からも彼女たちが恋(ロマンス)を求めたことは罪悪であるとされる。それは悪であり罪であり、罰が与えられるものだと。


或る女はその空虚を肉の刺激で埋めることに出口を求め

或る女はその空虚に仕事を通じて他者に必要とされることに出口を求め

或る女はその空虚でつくられた穢れに自らを堕とすことで城を見つけようとした









彼女たちは城という名の永遠を求めて恋という名の言葉の迷宮をさまよい、ロマンスを夢見た罪を贖わされていった。

では、彼女たちがそれを夢見たのは罪だったのか?

ただロマンスを求めただけのことがそんなに悪いことだったのか?

彼女たちの求めたものは愛だったのか?



この作品の主人公といえるのはミツコという女性で、彼女は助教授という職を持ちながら渋谷円山町というラブホテル街で立ちん坊をしている。

彼女のポリシーは「愛の無いセックスからは金を取れ」ということ。それをいずみが実践すると男たちは逃げていく。「変な女」と言い残して。

「お金が介在することで、却って男たちの態度がはっきりする。中には金を対価として要求されること、売春だということで却ってさっぱりと応じていく男たちもいるけれど、大部分の男たちは金を要求すると態度を急変する。彼らは単にセックスを『無償でサービスしてあげる』ということにしたかっただけらしい」

主婦という立場ではあるけれど半ば夫のメイドとして買われたいずみの生活は無機質なルーティンで、きれいで漂白された規則正しい快適のなかでセックスも抜け落ちている。小説家の夫を崇拝するいずみはそのことに直接的な不満を言わないものの日々の生活の中で空虚さを抱えていく。

外で働くことを通じてその空虚さを埋めようとするなかで、なし崩し的に性の罠にからめとられていき、いずみのセックスは騙し取られる。

ミツコとの出会い、あるいはそれを通じた「愛の無いセックスからは金を取れ」という言葉と実践は騙し取られたいずみのセックスを回復していくリハビリテーションだった。

彼らが事後に手に押し込んできた金や、甘い言葉と引き換えに奪った空虚なセックスを、いずみは「自らを売る」ということを通じて取り戻していった。「愛の無いセックスからは金を取る」という意志と行動を通じて。それはいずみの主体性の回復でもあった。

そういった流れの中で夫との出会いは必然で、夫とのセックスを通じた恨みの吐露とカタルシスは逆説的にいずみが彼によって奪われていたことを明らかにした。十分に与えられてはいるけれど与えられてはいない。あるいは、与えられてはいるけれど与えることはできない。傷つけられはしないけれど傷つけることもできない。そういった関係に追い込まれ奪われていたこと。

しかし、夫とのこういった出会い、風俗嬢という立場からの出会いは夫との関係の終焉を意味し、いずみは流れ流れて片田舎のうらびれた風俗街で1000円でカラダを売るようなクソ女となって物語は幕を閉じる。最後にしょぼくれた風俗街のクソ男に歯向かった罪と罰を腹に食らいながら。

それでもなおいずみが最後まで手放さなかったもの

うらびれた風俗街の1000円の女に落ちぶれても手放さなかったものがこの言葉となる。




言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる







それはかつてミツコが壇上で語っていた言葉で、詩それ自体の内容というよりミツコの勇姿と思い出を代表したものだったのだろう。

あんなにボロボロに裏切られても、かつての自分を救い導いてくれたミツコとの思い出。



この詩で謳われるのは言葉を覚えることで余計なことを考えてしまう人の世の、あるいは自分というにんげんの心の弱さだけれど、ミツコといずみとの関係でいえば「言葉」は「ロマンス」に置き換えられる。

では、女たちがロマンス、あるいは真の愛情を夢見たのは罪だったのか?

彼女たちの惨めな最後は罪の必然/罰とされるのか?



物語の最後にこの事件を追っていた刑事の和子もいずみやミツコを追うように旅立つことが示唆される。

「ある主婦がゴミ収集車をおっかけているうちにふだんはいかない街にいったんだって。そして、そこで自分はなにやってんだろってそのままどこかにいってしまったんだって」

夫から聞かされていたこの話をなぞるように。



それは、ミツコやいずみと同じような不幸な結末を暗示するものだったのか?


あるいは、和子なら別の道筋を見いだせると暗示するものなのか?


その解釈は見るものに託されたものだったけれど、自分的には後者なのではないかと思った。





案外と、和子はゴミ袋を置いて家路についたのかもしれない。


そして、お腹減ったあ、とかいっておでんを囲むのだ。









--
「日本型近代家族」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/429041084.html


ラース・フォン・トリアー、2013、「ニンフォマニアック」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/425284729.html


「ニンフォマニアック」補遺: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/425456769.html


美術手帖「かぐや姫の物語の衝撃」から|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nfc1747c692dc






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2015年11月05日

「ナグネ」








あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。

あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。

また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。

そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。









辛よ さようなら

金よ さようなら

君らは雨の降る品川駅から乗車する


李よ さようなら

も一人の李よ さようなら

君らは君らの父母の国にかえる


君らの国の川はさむい冬に凍る

君らの叛逆する心はわかれの一瞬に凍る




ふりしぶく雨のなかに緑のシグナルはあがる

ふりしぶく雨のなかに君らの瞳はとがる


雨は敷石にそそぎ暗い海面におちかかる

雨は君らの熱い頬にきえる


君らのくろい影は改札口によぎる

君らの白いモスソは歩廊の闇にひるがえる


シグナルは色をかえる

君らは乗りこむ


君らは出発する

君らは去る


さようなら 辛

さようなら 金

さようなら 李

さようなら 女の李

行つてあのかたい 厚い なめらかな氷をたたきわれ

ながく堰かれていた水をしてほとばしらしめよ

日本プロレタリアートのうしろ盾まえ盾

さようなら

報復の歓喜に泣きわらう日まで











今朝この本を読み終えたところでじんわりとした感動というか、なんともやるせない滋味に眉を寄せて心地よい寂しさを感じつつ、ふと、先週ヲクサンたちと行った店が中国朝鮮族の人たちの店だったのではないか?とおもった。


ナグネ――中国朝鮮族の友と日本 (岩波新書) -
ナグネ――中国朝鮮族の友と日本 (岩波新書) -















うメエエエ!羊好きが思わず唸るラム肉の名店8選 | 日刊キャリアトレック
https://www.careertrek.com/daily/hitsuji8/


玲玲家園菜 (カエンサイ) - 内幸町/中華料理 [食べログ]
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13162031/


羊の他にもイノシシとかキジとかジビエが楽しめるということでここにした。最初は羊、イノシシ、キジなどのアラカルトなセット。けっきょくクミンが利いた羊串が一番おいしくてリピートの時には羊串セットで頼んでいた。んでもパクチーときゅうりのナムル?ぽいのとか干し豆腐とかもおいしくて、なによりここは餃子の店なのだとプッシュされた。「うちは大連料理と四川料理なのです」とのこと。大連料理と聞いてもそのときにはピンとこなかったのだけどこの本を読み終わって、黒竜江省の位置や大連の位置を確認したらちょうど朝鮮半島の北東・北東ということで位置的にも近くて、もしかしてと思ってぐぐったらやはり大連も中国朝鮮族が多くいる地域だった。いわゆる満州的な地域にここも入っていたのだろうか。

「もしかして大連も?」とおもった他の理由は大連が日本のアウトソース的なところとしてけっこう有名だから。本書にもあったように、それは朝鮮語と日本語の文法が似ているので、結果的に中国朝鮮族が日本語を戦略的武器として選んだという面があったという理由から。満州時代に一度、半ば民族浄化的に母国語ではなく日本語で話すことを強いられ、第二次大戦後は共産党から日本語を禁止され、ケ小平以降の改革開放に移ってからふたたび日本語を選んだ。そのため彼らの日本語や日本、日本人に対する意識は複雑で、尖閣諸島のゴタゴタの折には日本に対する怒りや憎しみが強かったみたい。それでも、彼らにとって日本語は自分たちの武器となり得る手段なので、それはそれとして割りきっていった。というか、中国朝鮮族はもともと朝鮮の出身でありながら韓国では2等国民的な差別を受けるぽい。オーバーステイの移民として軽く見られ差別されていく。中国では彼らは貧しいままだし。そういう事情もあって「日本も中国政府も同じようなものだよ。そのことは仕方なかったんだ」というおばあさんもいた。


ついったでリンクした朝鮮族についてのサイトで語られている朝鮮族の印象というのはそういうもので、韓国人による偏見もあって「彼らはずるくて傲慢で」て印象が語られる。でも、実際、彼や彼女らが強情でなかなか人と打ち解けないというところもあるのだろう。「ああ、こういう中国人いるよなあ。。」的な。片田舎の中国人。本書を読んでそれは彼らの過去や現在のこういった情況からだったのかなあとか思った。新橋の中国料理の店の人達も、客と店の人という関係でなければそういうところがあったかもしれない。あるいはそもそも大連料理というだけで朝鮮族ということでもなかったのかも。




極東ブログの解説にもあったように、この本は全体的には「中国朝鮮族」という知られざるマイノリティの歴史と現状について学ぶ機会となる本で、そういった意味でも勉強になったのだけど。やはり、全体を通じたなんともいえないようなやるせなさが最大の特徴となる。ちょうど北朝鮮のさらに北に位置する北緯の地の、シンと冷えきった大地の冷気がかえって肌に心地よく感じるときもあるような。そういった心地よさ。


この本を通じてずっと思っていたのはたった一度、駅で2、30分話したことからアルバイトとして雇い、身元引受人となり、お金やその他の世話をしていった著者の良心のようなもの。もちろんアルバイトとして雇ったのは著者にも十二分に得るものがあったのでギブアンドテイクだったとは言っていたけど。見ず知らずの、どちらかといえばとっつきにくいだろう朝鮮族の女性にそこまで親身になっていく、親身になりつつもプライベートは保ち接していくというのはどういうポリシーというか倫理観なのかなあとか。あるいは、好奇心と職業柄なのかなあとか。そして、援助を受けた彼女が感じているだろう呵責に対して「あなたのことを書いたこの本を出したことで、いままでのことは取材ということだったのだからお相子よ」とする感覚。途中までそういうつもりはなくて、「一時は本気で養女にしようかと悩んだ時期もあった」、というほどだったのだからそういう利害や打算は考えてなかっただろうけど。文字通り親身になるほど、義理の親と子といってもいい関係になりつつも束縛するでもなく接していく距離感。著者はその距離感も「わたしは恩恵についてなにも知っていなかった、知ろうとしていなかったのだ」と反省していたけど。


そして、半ば親子のような関係でありながら敢えて「友」と呼び、そう呼びつつもタイトルに「友よ」とは付けない、その流儀のようなもの。





そのことに、通常の親子関係や恋人関係における距離感を省みつつ、それが市民的良心というものなのかなあ、とか、あるいは、利害関係や見栄や打算や野暮なもたれ合いではない深い愛情や友情というのはそういうものなのかなあ、とか。いろいろ名前をつけて納得しようとするもしっくり来ず。そんな名付けで済まされるものでもないのかもなあとか思って、かつての自分の似たような体験に思いを馳せたところでこのエントリを綴じよう。





(良心の呵責、あるいは呵責の投げ愛についての話題とも関連してもうすこしごにょごにょしようかとおもって、以下に関連する素材もまとめたし、ボリュームも多くなるだろうからnoteではなくblogにしたけど、こういうことにくらべてそういうわたしただしい」「わたしいいひと」「わたしリア充」的な見栄や打算のガキっぽさうずまくところの解説はなんかアホらしくなったのでやめとこう。我ながら目汚しだなとおもいつつツイート遡って編集したしせっかくなので程度で貼り付けとくけど)































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甘イ果実ト幼イ微熱|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n775a6de8144c



正月、酒を飲む|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n4fe5accdbedf



ヴィム・ヴェンダース、2014、「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター(The Salt of The Earth)」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/423419290.html




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2015年11月04日

「仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか」  男女共働き社会の模索




仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -



副題にある「日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか」ということを主題とした現時点でのまとめ本的なもの。この分野の論点と現時点での暫定的結論としてコンパクトに纏まってるように思う。


筒井淳也『仕事と家族』(中公新書) 8点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期
http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52106679.html


お話的には「働きづらい」というところよりも「産みづらい」ということの原因と解決についてが先に考察されていく。必然女性の就労問題がメインとなっていく。

男女雇用機会が均等になったとはいえ女性の就労形態の大部分はフルタイムではなくパートタイマーで、パートタイマーの雇用条件はフルタイム労働者よりも低くなっている。そのため、全体的に女性の雇用条件は悪い。

ではなぜパートタイマーにならざるをえないかといえば出産と育児がフルタイムのネックとなっていくから。出産の方は未だ出産休暇があるところも増えたけど、特に育児の方が。育児休暇というものがある程度あるところでも育児期間、子供の手が離れるまでの期間はそこで設定される育児休暇なるものを超えているので、結果的に女性の就労の妨げとなっていく。あるいは、この期間は育児をアウトソースするとしてもその費用が給金の大半を占めていくので、「この期間は会社に残るための期間として、差し引きゼロでも仕方ない」と諦めて育児アウトソースする女性が多数となっている。

こういった場合、選択肢としてはおおまかに3つに分かれる。すなわち、「結婚して寿退社して専業主婦になる」「フルタイムで続け育児はアウトソースする」「育児に適した仕事を探しそれを続ける」、というもの。いわゆるヤクルトおばさんが女性たちばかりなのは育児期の女性の環境への配慮がよくされているからというのが主な理由らしい。

本書ではそういった状況・条件を現状における問題点としてとりあえず俯瞰し、それに対する解決策を模索していく。

解決策のひとつは労働形態・雇用条件そのものを抜本的に見直す、というもの。この辺のギロンはけっきょく濱口圭一郎が示した「日本のサラリーマン評価は仕事の内容ではなく、性別役割分業に基づいて『一家を支える男性』に見合った報酬を年代ごとに与えていくという俸給性となっている」「こういった雇用・評価形態からジョブ型雇用への転換する必要がある」とするものに依拠する。



濱口桂一郎、2009、「新しい労働社会」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/160935453.html


「同一労働同一賃金」的なものとも言える。




そういった解決案が「同一労働同一賃金」的なものだとするとそれはスウェーデン的な福祉政策志向といえる。


本書ではこういった雇用問題の「お手本となる国」として代表的な3つの国と政策が比較検討される。

アメリカ型の自由主義的なもの、北欧型の社会民主主義路線的なもの、ドイツの保守主義的なもの。

ドイツの保守主義的なものというのは労働市場の全体のパイ、椅子を減らすことで就労を待つ若者層に職が行き渡るようにするもの。具体的には老人の就労を減らして若者に配分するというもの。



けっきょく完全な結論らしい結論はでていなかったけど、これが本書のだいたいのアウトラインとなる。

個人的には「制度というよりは構造改革によって女性の働き方は変わっていった」というところが印象的であり反省点だった。以前のエントリで「フェミフェミ言っててもけっきょく現状を変える / 変えたのは制度なのだ」みたいなことをいってたので

「恋愛とセックスの経済学」 / 「家父長制と資本制」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/427900360.html


なので反省も込めてちょっと長めに引用した。




出生力の低下は労働供給(働き手)側の要因であるが、人口高齢化は労働需要(雇用主)側の要因である。旺盛な労働需要が女性の労働力参加を引き起こしたという例は多い。スウェーデンといえば、女性の労働力参加が戦後の早い時期から活発だった国であるが、その最大の要因は、スウェーデンが第二次世界大戦で被害を被らなかったことにある。スウェーデンは他のヨーロッパ諸国の復興需要を引き受けることで経済を急拡大させ、そのなかで極端な労働力不足を経験する。そこに女性の労働力が活用されたのである。しかし1960年代までのスウェーデンでは、女性が働きやすい環境はあまり整備されておらず、そのせいで出生率が急低下し、また「家庭の危機」が1970年まで続く自殺率の上昇(この時期のスウェーデンの自殺率は日本をゆうに上回っていた)を生み出したといわれる。この意味で、スウェーデンについては少子化が女性の労働力参加を引き起こしたという説明はあてはまりにくいかもしれない。

他方で、東南アジアや一部の東アジア諸国では、農業中心の経済から工業、サービス業を中心とした経済に変化するなかで、女性が(欧米や日本ほど)主婦化しなかった。これは、工業化・脱工業化の到来が極めて急速であったために、多くの女性が農業や家業に従事する段階からそれほどあいだを空けずに軽工業(繊維や精密機器製造)やオフィスワークの労働需要に引きこまれたからである。アジア諸国では子育てにおいて親類ネットワークを利用しやすく、また家父長制的な文化の強い地域では女性の賃金が安く抑えられ、それが国の輸出製品の価格を引き下げ、経済成長をもたらした、とする研究もある(Gaddis & Klassen 2014)。

もちろん労働需要があれば必ず女性の労働力参加が増える、というわけではない。アメリカの工業化においては、移民の労働力参加が欠かせなかった。つまり工業化による労働需要の多くを海外からの移民によって満たしていたのである。これに対して日本の高度経済成長期では、戦後のベビーブームによって農村部に男性の余剰労働力(典型的には次男以下)があり、これが当時の高い労働需要を満たしていた。2013年になって、東日本大震災の復興需要や公共投資の増加などの影響で労働力不足が生じ、第2次安倍内閣のときにようやく、女性のみならず移民の労働力を活用するための制度改革が本格的に検討されるようになった。

さて、産業構造の変化(サービス労働化)、人口構造の変化(少子高齢化)、そして労働需要など女性の労働力参加を促してきた要因は、いずれも構造的な要因であり、制度要因ではない。そして構造要因による変化はあくまで「意図せざる結果」である。女性の労働力参加を高めるためにサービス産業を拡大させる国はおそらくないだろうし、ましてや女性の雇用を促すために高齢化を進める国などあるはずがない。先進経済国で女性が勝ち取ってきた様々な両立支援制度や働くことに関する権利・条件の整備は、こういった構造変動と絡み合いながら進んできたと見ることができる。つまり、制度の整備によって女性の労働力参加が促された側面もあるだろうが、それ以上に、構造変動によって女性の労働力参加が進んだ結果、それに対応すべく制度の整備が進められてきた側面が強いのだ。








以下も上記のアウトラインに関連して気になったところの引用に留める。




パートタイマーの人たちが参加する外部労働市場には、家族からすれば子育てなど家庭の事情によって働くのをやめたり始めたりすることが容易であり、経営者からすれば必要なときに労働調整、つまり解雇がしやすいという特性がある。このような外部労働市場が、正規雇用の夫と家計を共有する有配偶者向けに形成されてきたことの帰結は、その後との正規雇用・非正規雇用の賃金格差の問題となって現れてくる。つまり、パートやアルバイトなどの非正規雇用が多くを占める日本の外部労働市場は、新卒・正規雇用向けの労働市場を除けば、「自立して食べていけない」人のための労働市場となってしまった。これが日本の晩婚化、ひいては少子化問題の解決において、深刻な障害となって現れるのである。









雇用労働に従事する女性が増えるにつれて、どの国でも出生率が下がることになった。しかし女性の労働力参加が出生率へ与える負の影響は、アメリカやスウェーデンといった少子化を克服した国においては、ある時点から中和されるようになった。おそらく、スウェーデンでは、長期的には公的両立支援制度の影響、アメリカでは民間企業主導の柔軟な働き方の影響で、女性が賃労働と子育てを両立しやすくなったからだと思われる。その後、女性の労働力参加と出生率との関係はいよいよ反転し、女性が働くことは出生率に正の効果を持つようになる。これは不況あるいは経済成長の鈍化のなかで若年者の雇用が不安定化し、それへの対応として男女がカップルを形成し、共働きによって生計を維持するというケースが増えたからである。個々の雇用が不安定化しても、二人いれば家族としてやっていける、という考え方だ。こうして共働きが合理的戦略となり、さらに仕事と子育てを両立しやすい環境が整っていれば、女性が働くことは出生率に正の効果を持つ。この転換の背景には、スウェーデンでは女性が公的セクターに大量雇用されたこと、アメリカでは民間セクターで女性がますます活躍するようになったことがある。女性が結婚・出産後も長期に働くことができる素地があれば、経済の不調による男性雇用の不安定化に際して「共働きカップルを形成する」という選択肢が合理的となる。そのことが女性の労働力参加と出生率のプラスの関係を生み出した。

ここで重要なのは、希望と現実のギャップ、あるいは家計維持のために「共働き戦略」が有効であるためには、女性がそれなりに高い賃金で長く続けられる、あるいは労働市場が柔軟で、女性が出産を機に一度仕事を辞めても、ある程度条件の良い仕事に復帰できる、という見込みでなければならない、ということである(前田、2004)。日本では1995年以降、男性正社員の賃金が伸び悩むなかで、男性正社員とパート労働をするその妻という世帯でも満足のいく生活ができないケースが増えている(武信、2013)。現状では、子育て後にパートとして再就労するのでは問題解決にならないことを多くの人が悟っているからこそ、日本では未婚化が進んでいるのだ。

ドイツでは、女性労働力参加の負の影響は1980年代には中和されたが、長引く不況による男性雇用の不安定化と(それにもかかわらず)持続する性別分業体制の影響で、出生率が伸び悩んでいると思われる。また、ここで触れていないがイタリアやスペインといった南欧諸国では、長い失業率を背景に、女性が(出産等で)一度労働市場から退出してしまうと次によい仕事を見つけられる確率が低出生率を招いた、という研究もある(Adsera、2004)。





荻原久美子(2006)が描き出したように、仕事を続けたい女性にとっての最大の困難は育児休業が終わったあとにやってくる。それは長時間労働など、「主婦のいる男性」に適応した働き方である。そうであるかぎり、いくら育児期を乗り越えられたとしても、女性はそれ以上出世し、家計を実質的に支えられるような存在になれない。これでは「共働き社会」はやってこないし、女性の就労がカップル形成を促すような社会にはならない。









女性の非正規労働化の動きは、1986年の男女雇用機会均等法、1992年の育児休業法の施行によって何ら変化はなかった。図3-4は女性の雇用形態別の就業者数の推移を示したものだが、これをみると1990年代に正規雇用された女性の数が増加していることに目が行くかもしれない。これは後述するが、若年層の女性が結婚を先延ばしにして正規雇用としての就業を継続したことの表れである。しかし、より人口のボリュームが大きい年長世代の非正規雇用が増えたことと、不況のせいで学卒後に非正規雇用に就く女性が増加したことで、図3-3のように1990年代ですら、全体としての女性の非正規雇用率が押し上げられたのである。

要するに、採用や昇進において男女の差別をなくし、また出産・育児・介護によって就業が中断することがないような配慮が徐々に整備されてきたにもかかわらず、男性と同じような正規雇用に就く女性が増えてきたわけではないのだ。






男性と女性がともに対等な立場で働ける環境を実現するためには、男女ともに総合職的な働き方を抑制する必要があるのに、均等法の趣旨は男性のみならず女性も総合職的な働き方に引き入れようとするものになっている。したがって現行の均等法ならびにその「差別禁止」の理念が実現した先にあるのは、おそらく従来通りの性別分業社会なのだ。

その理由は極めて簡単である。転勤あり、残業あり、職務内容に限定性がないために負担が大きい、といった特徴を持つ総合職的な働き方を日本人男性が(過労死という重大な犠牲をともないつつも)なんとかこなしてきたのは、私生活をサポートする仕組みがあったからである。それは一人暮らしの独身男性にとってはまかない付きの独身寮やコンビニであり、実家通いの男性にとっては母であり、有配偶の男性にとっては妻である。

では女性が同じような働き方をする際には、誰がサポートするだろうか。男性以上に女声の多くは実家通いなので、母親もフルタイムで働いてないかぎり、頼ることができるだろう。ただ一人暮らしの場合、女性が入居できる独身寮を持つ会社の数は少ない。また実家暮らしでも、祖父母に重い介護の必要が出てきたとき、母でも男性(父や息子)でもなく、孫に当たる独身女性が仕事を減らしたり辞めたりするという例もある。

とはいえ、独身時のサポートについては男女でそれほど大きな差はないだろう。大きな差がでてくるのは結婚してからである。無限定的な働き方をする人が世帯にいる場合、そうではない人(たとえば専業主婦)が同じ世帯にいてサポートするならば私生活のレベルは落ちないし、子どもを産み育てることも可能であろう。しかし無限定社員と無限定社員のカップルだけでは無理である。その結果、女性の側がキャリアを断念することになりやすい。ましてやどちらかに転勤が命じられれば、片方の(たいていは女性の)キャリアプランは破壊される。パートナーのどちらかに転勤の可能性があるというだけで、持ち家を買うかどうかの判断などに必要な、生活の長期的見通しが立たなくなることもあるだろう。








欧米で広く普及している職務単位の働き方は、両立・共働きと相性がよいものだ。労働時間の調整のしやすさ、活発な転職市場が可能にする離職と再雇用、配置転換と転勤がないこと、これらは働き方が職務単位で切りだされていることによって可能になっている。逆に日本の基幹労働力に期待される働き方では、自分や周囲の職務内容が曖昧なため自律的な時間調整が難しく、また配置転換や転勤の可能性もあるために、共働き夫婦にとって非常に厳しい環境となる。

したがって、一つのアイディアとしては、職務単位で限定的な働き方をする労働者を増やす、という方向性がある。もちろん、職能資格制度の世界から職務給の世界にいきなり転換できるわけではない。そもそも実現が困難だろうし、もし実施されたとしても失業率(特に若年者失業率)の飛躍的な上昇を覚悟しなければならない。ジョブ(職務)型雇用の世界とは外部労働市場の世界である。そこでは、不景気で仕事がなくなれば被雇用者を解雇することは普通であり(そのかわり社内での「飼い殺し」は生じない)、また解雇が経験の浅い若年層から先に行われるのもなかば「当たり前」である(濱口、2014)。このことが可能なのは、アメリカのように外部労働市場が活発であるか、あるいはEU諸国のように失業に対する公的な保障がそれなりに充実している、といった条件があるからだ。








日本型福祉社会構想は、当時の自民党が作成したパンフレット(タイトルはそのまま「日本型福祉社会」である)にその趣旨が書かれている。そこではスウェーデンが名指しされ、その福祉のあり方が非効率的で、かつ「家族関係を破壊する」として、はっきりと否定されている。極端な少子高齢化社会に陥ってしまった日本の現状から振り返ってみれば苦笑いしてしまうが、当時はたしかに日本的な福祉のあり方が北欧のそれよりも優れている、と主張しても受け入れられる空気があったのだ。

ドイツやイタリアなどの保守主義的国家においても、日本と同じような家族重視と性別分業の体制は強かった。これが、これらの国が保守主義レジームと名づけられた一つの理由である。しかし違いもある。たとえば「企業による福祉」である。1970年代以降、日本の民間部門は、大企業の世界では内部労働市場を発達させ、中小企業については政府が援助するなどして、企業が雇用を維持し、雇われた男性とその家族の生活を安定させるという戦略をとった。これに対して欧米では職務単位の労働配分が行われ、外部労働市場が発達しているため、生活保障は企業ではなく政府の役割である、という意識が強い。ドイツやフランスなど、主要な大陸ヨーロッパ諸国の社会保障支出は日本よりもずいぶん大きいが、それは日本が「家族と企業」という二つの民間部門に福祉を任せてきたからである。この点にこそ、日本の路線の特徴があったといえるだろう。












本書では論じる余裕がなかったが、筆者は格差以上に深刻なのが社会的分断であると感じる。社会的分断とは、人々のあいだの価値観や態度の対立のことだ。たとえば社会のあるグループ(経済的に恵まれない層)は富の再分配を支持し、別のグループ(富裕層)はそれを否定する、といった意見の違いを指す。ある制度が特定のグループを有利にし、別のグループを不利にすることはしばしば起こりうる。再分配が弱い社会や教育費が高い社会では、経済的に豊かなグループが優位に立つ。急速に高齢化が進む社会では、年金制度の負担は若年層に重くのしかかる。錠時間労働が常態化した社会では、少なくとも仕事の世界は男性優位になりがちだ。制度設計がうまくいかないと、こういった対立、つまり社会的分断が先鋭化するおそれがある。

「働くこと」は、それが社会の富を生む最大の源であるがゆえに、対立の大きな争点となる。たしかに経済先進国は、基本的な合意として、(高齢や障害のために)有償労働をすることが難しい人々については政府がその生活を保障するという制度をつくりあげてきた。しかし働くことができるのに様々な理由からその力を十分に活かすことができていない人々が増えてくると、合意が揺らぐことになる。一方では適切な労働機会を与えられない人々が労働市場や雇用環境の制度に対して異議を提示するようになるし、他方では税や社会保険の負担をする人々が再分配制度に対して異議を唱えるようになる。こういった対立は、事後的な再分配の強化でも無条件の自由競争の導入でもなく、税や社会保険の負担を一定程度担うことができる所得をともなった仕事が、社会の様々なグループに配分されることではじめて緩和される。「働くこと」を基軸とした連帯をつくりあげた国は、分断を乗り越え、安定する。


本書のキーワードである「共働き社会」は、男性と同じく女性に働く機会を保障する社会だ。また、有償労働の担い手を増やすことで、税と社会保険を通じた「助け合い」のための社会的余裕をつくり出す。その意味で、「共働き社会」は日本社会のこれからの社会的連帯の第一歩であると筆者は考える。


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「日本型近代家族」


お勉強的に手にとった二冊。なのでエントリして楽しいような思考をドライブさせるようなところもそんなになくエントリするのに億劫になってったところもあったのだけどお勉強となったとこをさらっとまとめるぐらいにしとこう。後々役に立つかもだし。


日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -
日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -



「日本型近代家族」のほうはいわゆる家族社会学の基本的な考え方、知見をコンパクトにまとめてる感じ。なのでこの分野をお勉強しはじめるときには便利なように思う。

キーワードとしては「核家族」「ロマンティック・ラブイデオロギー」「母性イデオロギー」「家庭イデオロギー」など。家族の関係や恋愛、あるいは母性幻想に対して窮屈や違和感を持ってる人的には考える際に便利な言葉や思考が散らばってる。


ちょっと端折って間違ってる箇所あるかもだけど全体をとらえやすくするための前フリとしてまとめる。

たとえば日本なんかにおいて「家族」という概念は明治以降に導入され、それは国民国家の誕生と期を同じくする。すなわち国民国家が「家族」なる単位を必要とし設定・普及したということ。それ以前は村落共同体的なところでいちお世帯ごとに別れていつつも「村全体」という意識があった。プライバシーがあまりない反面、たとえば「子どもは村全体で育てる」みたいな感じだったり(cf.なので祭りの乱交時に生まれた子は子種が誰かわからなくても育てるとかふつーにあったのだろう)。現在のような家族観、「他からはプライバシー的に分ける」ことを当然とした近代家族の家族観からだと考えにくいかもだけど、家族、というか共同体というのはまずもって生存のためにあって、そのためいろんなものを分けあっていた。なので生存-食料の確保なんかが一義にありプライバシー、プライベートみたいな感じはあまりなかった。いわゆる近代家族―核家族というのは大家族に対応して語られる言葉で成人男女とその直系血縁の子弟を基本単位としたもの(その前の世代、成人男女の親からは世帯を別にする)だろうけど、大家族的なもの以前に村落共同体的な生活共同システムがあった。

つまり家族、あるいは生活を共にする共同体というのはもともと食料を確保するために生計を一にする目的のものだった。前近代社会のひとびとは「家族」という世帯のなかではなく、共同体規制のなかで生きていた。ラスレットが言うように、家族は子供を産み育てるという、独立した再生産の単位でもなかったし、そのなかで経済が完結するような生産の単位ではなかった。ひとびとの性関係は共同体の規制のなかにあり、身分を越えた自由な結婚などはありえなかった。この辺は花輪和一のマンガなんかに戯画的にエグく描かれている(← 「庄屋様に焼き印をおされてセックスされるのは至上のよろこび!」)。家族という単位は共同体のなかに埋没して見えないものだった。

近代に入って世帯ごとに管理・わけられていき「家族」の意味は変質していった。プライベートな共同体、あるいは「愛」を中心とした共同体、といったものに。おそらく生活が豊かになって食料を一義とするでもなくなって。


ではなぜ国家が家族という単位を必要としたか?というとひとくちには税のためといえるだろう。当時のヨーロッパに倣って国民国家がなんとなく有効だと判断した明治政府は「国民」を創設し把握するための単位として家族、より正確に言えば世帯を導入した。それによって国民国家的には皆兵が可能に。税収もぶらさがっていったのだろう。


近代家族の特徴は、(1)ロマンス革命(2)母子の情緒的絆(3)世帯の自律性、とされる。


旧来の村落共同体に比べ、家族は世帯ごとに切り離され、村落共同体がゆるやかに担っていた福祉の役割は国家が担うようになった。家族は共同体から分離され国家に直接に接続されていった。そこでは「男は仕事に行って(税収を)稼ぎ、社会的再生産に寄与し、女は家庭を守る(産み育てる)」という性別役割分業が当然とされていった。その際に導入されたイデオロギーが恋愛(ロマンティック・ラブ)であったり、「良い母」的な母性イデオロギーだった。これらは国家によって直接宣伝されたとは言いがたいがゆるやかに社会の当然・通念となっていった。


愛情といった感情だけではなく「親しさ、楽しさ、親密性、感情表出、思いやりなど人間関係の『よい』側面」(山田、1994)はすべて家族に放り込まれることになった。感情という場合、ネガティブなものもあればポジティブなものもあるはずだが、「愛」とか「共感」といった特定感情には価値が与えられ、「恥」「罪」といった感情は好ましくないものとして設定される。これらは社会的に感情が規制され規範化されていった結果といえる。


近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -
近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -




ロマンティック・ラブイデオロギーとは、「一生に一度の恋に落ちた男女が結婚し、子供を産み育て添い遂げる」、つまり愛と性と生殖とが結婚を媒介とすることによって一体化されたものである。結婚を媒介としてこの三点が揃っていることが求められたため、愛のない結婚、愛の無いセックス、結婚につながらない性交渉、結婚してない婚外婚の性、婚姻外で生まれる婚外子、愛している相手の子供がいらないと感じること、結婚しているにもかかわらず子供をつくらないことなどが不自然であると考えられ、非難の対象とされてきた。


母性イデオロギーとは、母親は子供を愛するべきだ、また子供にとって母親の愛情にまさるものはないという考え方のことである。「三歳までは母親が子供を育てるべきで、そうしないと子供に取り返しの付かない影響を与える」という「三歳児神話」などはこれに含まれるだろう。


家族イデオロギーとは、家庭を親密な、このうえなく大切なものとする考え方である。どんなに貧しくても、自分たちの家族が一番である、家族はみな仲がよいはずだという、「狭いながらも楽しい我が家」という表現にみられるような、家族の親密性に関わる規範である。



ロマンティック・ラブイデオロギーの項には結婚を当然とすること、また、性愛・恋愛の対象をひとりとすること、彼らと「愛情」というロマンス(恋愛感情)を通じて深く愛しあうことが当然・幸せとする規範が備わっていてそれ自体が問題だなというのはあるのだけど、自分的には特に目新しい話題でもないのでそれほど触れない。


ただ、この本(あるいは近代化俗論のまとめ的な話)を通じて「母性」というのも国家によって作られた幻想だったのだなあと再認識した。


母性という神話 (ちくま学芸文庫) -
母性という神話 (ちくま学芸文庫) -





それらは男性による身勝手な幻想かと思っていたし、母性を批判する人たちはしばしばそういった論を貼るのだけど。母性自体が国家による人口管理と再生産のために設定された規範だったとしたら、こういった話で男女の対立(ラベルの押し付け合い)的な構図をとるのも無意味だろう。





近代に入るまで、子供は現代と違って可愛がりの対象ではなく、「子供」という概念もなかった。たんに労働力として劣った小さい大人(でも5,6歳から働かせる)ぐらい。

ヨーロッパの上流階級の女性は自分で子供を育てること、授乳などという「動物的な」行為をすることを拒絶した。ヨーロッパだけでなく日本でも事情は同様となる。江戸時代に女性に期待されていたのは良い子供を産むことだけであり、育てることは期待されていなかった。むしろ男子のしつけは父親に任されていた。人々は子供に対して無関心で、堕胎や間引きという習慣も必ずしも貧困が原因ではなかった。


良妻賢母という規範 -
良妻賢母という規範 -


〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -
〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -


子どもと母性をめぐる関係は乳幼児が将来の「国民」の予備軍であることが意識されることによって変化していった。ここで母親による子供の世話も規範化されていく。


この変化に寄与したもののひとつとしてルソーの教育の書、『エミール』がある。



エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -
エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -


女たちは「母親」であることを熱心に学んでいき、母性は母乳の出る母親だけが持つ「本能」とされていった。


日本における母性イデオロギーは「良妻賢母」規範としてあらわれた。良妻賢母規範というと江戸時代からある儒教規範と思われがちだが、そうではない。「良妻賢母」という言葉も、「恋愛」という言葉と同様に、明治に入ってつくられた。1870年代には賢母良妻といわれ、90年代に良妻賢母という言葉に落ち着く。これは、家庭を守って夫を支え、なによりも次世代の「国民」を育成するという、母に寄る教育が大きな位置を占める規範だった。


この規範が結果的に女子の中等教育の振興・普及に大きな役割を果たしたという(←「将来の国民を育てるために必要」)。


「学校」「教育」は女性だけでなく<子供>の誕生ともときを同じくし、「母性」「子供」「学校」「家族」は同時期に誕生した。



「家庭」という言葉は明治20年代からもてはやされ、雑誌などであるべき規範となる。そして実際に大正期になるとその「家庭」の理想 ―「一家団欒」、「家庭の和楽」を実現することが可能な新中間層が現実に出現してきていた(小山、1999)。「家庭」とは、ある意味で新中間層的な刻印を推された家族のあるべき理想像となった。





実態はどうあれ、理想としての、建前としての「愛と性の一致」という規範は(女性の側には)存在していた。それが崩れ始めたのは1990年代のことである。60年代の性革命によって、70年台には「愛があるなら、結婚前に性交渉をおこなってもよい」という規範が一部ではみられるようになった。1980年代には消費社会を背景として、ドラマ「金曜日の妻たちへ」などのように結婚していても恋愛があり得ること、また未婚者も当時流行した多くのトレンディードラマのように、結婚のまえに恋愛を楽しむことがあり得ることが、示された。


こういった規範。「愛がなくても性交渉をしてもよい」がはっきりと出現し規範化していったのが1990年代だった(ex.セックスフレンド)。



現在「イクメン」という言葉の出現には「性別役割分業にこだわらない子育て(家族を金銭的に養うのは男であるべきという規範からの開放)」「レジャーとしての子育て(子育てのレジャー化)」などの規範の変化が読み取れる。






簡単にメモするつもりだったので「仕事と家族」も同じエントリにしよかと思ってたけど、けっこう長くなった / 疲れたので項を分けよう。









posted by m_um_u at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク