2015年05月20日

最近読んだ本から  解釈と隠喩をめぐって





図書館の本の返却期限が迫ってて、もう読んだのでそのまま返しても良いのだけど記憶に印象付けるためにエントリするのもいいかなということでエントリしよかなと思いつつそれほどの内容でもないのでnoteにでもしとこうかなとおもったんだけどまあいいかあってことでまとめてエントリすることに。




ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」 -
ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」 -


いちお読んでみたけどそんなにとどめておくこともないもののように思った。

もともとが大野さんのブログエントリ「ラッセンとは何の恥部だったか」で提示された内容、「ラッセンが日本人に異常に受けたのは日本人のヤンキー心に訴えたからではないか?」に端を発したもので、それにいくらかのブラッシュアップ+肉付けをしたぐらいな内容に感じた。つまり問題提起としてはおもしろいかもだけど論文とか本としては読み応えがない感じの。

「ラッセンが受けたのはヤンキー心にヒットしたからではないか?」というところから発せられる問題提起をすこしすすめれば「そもそもラッセンを認めない『アート的なものの基準』とはなにか?」ということに落ち着き、内容ではなく文脈などから語られたり評価されたりするアートの評価基準の曖昧さがうんたらされるわけだけど、それ自体は(自分的には)既出な話でありそんなに鮮烈でもなかった。まあ一般受けはするかなあぐらいの。あとはそういう問題提起に当時流行だったヤンキー論という曖昧なものを接続して全体が構成されていた。

ヤンキー論について自分が不快に思うのは、あれが日本の現代的な大衆文化論にすぎないのにそこに接続せずにスノッブな立場から慇懃無礼にヤンキーを論じてるところにあるのだけれど、このラッセン本で散見された評論の体をしているものもそんな感じで不快だった。最初からヤンキーとかラッセンを小馬鹿にしてるのに、「敢えて( ー`дー´)学術的、評論的な客観性をもって論じるならば(それでもヤンキーはヤンキーでラッセンはラッセンで便所の壁紙みたいなものだけどねー」みたいなの。なぜこんな落書きみたいな意識の高さを覆い隠した欺瞞と慇懃な無駄話に付き合わないといけないのかと途中から読み飛ばしてたけど。

前述したけど、それがヤンキーに通じているという蓋然性を持つのなら、ヤンキー的なものを社会学あるいは人類学や民俗学的に措定すべきだしそれを提出しないと話にならない。また、アート的なものに惹かれつつそれらがぼんやりとした評価によってもてはやされていくさまを同様の方法や視角で見たほうが建設的なように思ったけれど、そういうことをしないのはこの人たちが論じている場自体がそういった曖昧な評価基準によって評価される場だからだろうか?同様な「スノビズムって言いつつおまへがスノビズムじゃん」はサードウェーブうんたらくさしにも感じたけど。

この本で唯一おもしろかったのは最後の生物学的な視角からこういった現象を見ている話で、それは自分の視角に近いように思った。




隠喩としての病い エイズとその隠喩 (始まりの本) -
隠喩としての病い エイズとその隠喩 (始まりの本) -



ヤンキー的なるものを語る視角が隠喩に満ちてるとしたらソンタグなんかも似たような批判をしたのかもしれない。つまり、「あなたがたの視点、論説は中立・客観的な方法を用いた分析以前に印象に基づいた答えがでていて、それに基づいた印象批評にすぎない」というもの。ソンタグはそのような「批評」を先験的な「解釈」として批判し嫌った(「反<解釈>」)。


この本-小論を書いた経緯はソンタグ自身が癌を患ったこともあったのだろうけどそういった先験的な解釈、印象がある力をもって人の流れを変えてしまうことにペンの力で抗したかったのかもしれない。


ただ、いつものソンタグな感じでそんなに方法論としてはきちんとしてなくて、印象批評ていってるソンタグの論じ方自体が確たる方法にもとづいてないというのはあるのだけれど、ソンタグのやってるのは論文ではなくて批評やエッセイだったのだろうし、そういった書き方で見えてくるものもあるようにおもう。

この本から自分的に得られたのは「癌や結核に対して、なんらかのロマンティシズムに基づいた隠喩が付され、物語化されることがある」「結核なんかはそれにもとづいて『高尚な病』とされた時代があった」「隠喩化された病は医学的に中立な理解、客観性を越えて人々に印象され、それによって病にかかった人々が不当な差別をされたりする」って感じだった。

特にこの本で強調したいのは最後の部分だったのだろうし、それ自体は重要な問題提起であるように思ったのだけれど、自分的には「だったらなぜ人々がそのような物語化を行わざるをえないのか?」「それは共同体の要請ではないか?」「そういった隠喩や物語化はデメリットもあればメリットもあるのではないか?」などを明らかにしてほしく物足りなさがあった。構造人類学的方法というか。まあ生物学でも何でも良いのだけど。

あと、これらの隠喩の大元になってるのはガレノス的な考えだったのかなあとか。


ガレノス - Wikipedia http://bit.ly/1LkTCK8


四体液説とか脾臓がどうとかの。こういうのは近代医学以前の医術的な時代に共通した宇宙 / 自然 / 人体なイメージだったようにおもう(道教とか易経とかもそんなのだし)。そういや朝にもコレ関連でうんたらつぶやいたな。
















胆汁がどうとかメランコリーがどうとかだと「土星の徴」をもつベンヤミンにも話が通じるのだろうから、そこでソンタグがどんなこと言ってるのかとかちょっと気になるけど(ベンヤミン的には土星の徴てシーニュを受け入れてロマンティックに論を進めていたわけだろうし)。



土星の徴しの下に -
土星の徴しの下に -



「宇宙 / 自然 / 人体」ということだと今回読んでたこの辺もつながってくる。


胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)) -
胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)) -


全体的に講演用のよもやま話てかんじの曖昧な本だったけど、終章の「生物、いのちには大きく2つの波がある」という話はおもしろかった。

鮭とかヤツメウナギもそうだけど、生物はおおきくその生を2つの季節に分ける。個体維持のための季節と種の維持のための季節。鮭は受精-産卵を迎えると飲まず食わずで産卵場まで還って来てそこで精を発っして命を使い切る。かまきりの雄も性行為が終わるとメスに食べられるし、鮟鱇の雄は体ごと雌の身体に取り込まれ融合する。ヤツメウナギは性の時期をむかるまでの食の時期は植物のように岩に縦にくっついて波に揺られつつプランクトンなんかを食べてるだけなのだけど、性の時期を迎えると水底を這いずって受精の場に赴く。泳ぐ機能はないのでがんばって水底をはいずり、てきとーな岩ごとに口の吸盤でくっついて休憩しながら。


食の時期のヤツメウナギは「植物の体に動物の皮をかぶせただけのもの」といえる。

「植物は、太陽を心臓にして、天空と大地を結ぶ循環路の、ちょうど毛細管に相当する」とかいう。

植物の体は動物の体から腸管を引っこ抜いて皮をひっくり返したようなものだとか。


ただ個体を維持するというだけだったらこういうので良いのかもしれない。



それがなぜ「動く」「腸(消化系)以外の身体を持つ」「手足を持つ」に至ったのか。その辺りについて考えだすと隠喩/物語が必要になるのかなとおもう。



三木さんの着想に共通、あるいは元となったゲーテの形態学的発想もそういったところに接続し、それらは中世の想像空間といえるのではないか。そして、そういった物語を解くためには先験的なひとつの解釈 / 視角だけではなく多様な意味、多角的な視点を対象となる共同体の生活の場からできるだけ客観的・中立的にもってくる必要がある。その物語、意味を分析者自身が理解して。



森のバロック (講談社学術文庫) -
森のバロック (講談社学術文庫) -


燕の季節ということで燕石考の章を読み直したくなってなんとなく読み直しつつ、「三木さん - ゲーテ的な発想の曼荼羅を外挿すれば熊楠がやりたかったことに通じるのかなあ」とかおもった。あるいは中沢さんがやりたかったこと。


熊楠は特に生物学とか人類学とかがわかれていなかった当時、自身の興味・関心を表す方法として生物学や人類学、民俗学に興味を持ち接触していったのだけれど、当時の人類学は「未開」に対する先験的解釈が横行していて、そういった人類学の現状に対して、民俗学、あるいは構造人類学的な中立かつ多角的な意味 - 隠喩の詳説を目的として著されたのが「燕石考」ということだったらしい。それは熊楠のやりたかったことの端緒的なもので、それが全て-完成ではなかったようだけど。



  納屋の中、垂木の上の、雛鳥がひしめいている燕の巣まで
  何回もよじ登っては、熱心に探したものだった。燕たちが
  雛の盲を治すため、海辺から運んでくる不思議な石を。
  燕の巣でこの石を見つけた者は、果報者とされているのだ。




ロングフェローのこの詩では、燕が雛の盲を治療する目的で海辺から不思議な石を運んでくること、その石を見つけた人間は果報者になれること、という二つのことが述べられている。質問者はこの二つのことが、どのようないきさつから語り伝えられるようになったか、その起源を訪ねたわけであるが、それについて熊楠自身が自分なりの回答を試みた、というのがこの小論の成り立ちなのである。

熊楠はまず、燕石についての伝承を世界中から拾い出してくる。ロングフェローの詩の内容と最も似ているものはブルターニュ地方の伝承であり、そこでは、燕は失明を回復する力のある石を浜辺で見つける知識を持つと信じられている。

これほど典型的ではないが、燕を連想させるような物質に、医療的効用ないしは吉兆を認める伝承はあちこちにある、と熊楠は続ける。そのうち燕石とよばれるものについて、癲癇に大きな薬効をもったり、頑固な頭痛を鎮めたり、四日熱を治したり、肝臓病を治したりする効用があるとしている例を紹介している。

日本の竹取物語の中でも、燕を連想させる逸話として「燕の持たる子安の貝」をめぐる話がある。この話の中で、子安貝は幸運をもたらすものとして描かれている。この物語の起源が「陀羅尼経」などの仏典にあることは疑いえないことのようであるが、子安貝と言うものは、その特殊な形態(女陰を連想させる)からして、大昔から様々な民族によって、珍重されてきた。たとえば、ギリシャ人はアフロディテへの捧げものとし、トルコ人やアラブ人たちは邪視に対するお守りとし、日本人や中国人は安産のお守りとし、ヨーロッパ人は子宮潰瘍の治療薬に用いた、といった具合である。

燕石と呼ばれるものをよく見ると、二枚貝の蔕のような形をしている。これは石のように非常に硬く、かつ、燕の巣のなかから出てくるので、燕石と呼ばれるようになった。これを瞼の下に挟んでおくと、目に入った小さなゴミを取り除く効用があることから、燕石には広く眼病を治す効果があると信ぜられ、ただ単に目の中に入れるのみばかりか、それを粉末にして服用するような習慣も生まれた。だが、それによる効用が実際にあるのかどうかについては疑問が多い。

燕石を逆さまにした石燕というものがある。これはある種の腕足類の化石が燕の形に似ているところから、そう名付けられたものらしい。中国人などは、この化石は燕が変身したものだと信じているが、それは形の共通性からアナロジーが働いたのだろう。ただ単に似ているというだけではなく、一方が別の方に変身したに違いないと信じるようになったのである。そういう考え方を俗信といってさげすんではならない。たしかに誤謬に基づく推理には違いないが、そこには人間の認識にかかわる深い事情が働いているのだ。日本人もかつては、かいつぶりという水鳥が変身して鳥貝になると信じていたし、またスコットランド人は藤壺が雁に変身すると信じていたのだ。

この石燕を酸性溶液につけると伸びたり縮んだりして、あたかも運動しているようにみえる。石燕には雌雄ふたつのタイプがあるが、これらを同時に酸性溶液につけると、互いにまとわりついて、あたかも性的結合をしているように見える。実際には酸性溶液に触れることで炭酸ガスが発生し、その圧力で石燕が動くのであるが、それが古代の人々の目には、生き物の動きのように映った。その動きがセックスの動きを思わせると言うので、この石燕には豊かな繁殖のイメージが結びついたのである。

燕石は、石のように固い物質をめぐる連想の例だが、この連想が植物と結びつくこともある。そういう場合には、燕草のような伝承が生まれる。

西洋の伝説では、燕草は燕が子燕の視力を回復させるのに用いたという。中国では草の王とよばれる植物に、視力を回復し、様々な眼病を治す効力を認めているが、この草と燕との結びつきはないことから、燕草の伝承は西洋で独自に発展したのだろうと熊楠は推測している。

燕石と言い燕草と言い、燕に薬効や吉兆が結びつくのはどういうわけからだろうか。そこのところが気になるのは自然なことだ。熊楠はそれを、古代の人々がとらえた燕の習性と結びつけた。燕は渡り鳥の一種で、春に北の地方から飛来して、秋には戻っていくのであるが、古代の人は、燕は冬眠するのだと考え、春冬眠から覚めた燕は秋になると眠りにつくのだと誤解していた。そのように考えた人々にとっては、燕の登場は眠りからの覚醒であり、したがって生命の息吹の現れであり非常にめでたい出来事として映った。そのめでたさの感情が、燕を生命の豊かさのシンボルと考えさせ、燕をめぐる上述のような伝承を生み出したのではないか。そう熊楠は考えたのである。
燕石考:南方熊楠の世界 http://bit.ly/1AePA5a




燕がその家に果報をもたらすということ、同時に冬のあいだ水の底にもぐって魚や貝になってる燕が凶兆を持ってくることもあること。

このあたりは蟲師の鳥貝の話や鳥風の話を想わせた。



蟲師 (6) (アフタヌーンKC) -
蟲師 (6) (アフタヌーンKC) -
蟲師(9) (アフタヌーンKC) -
蟲師(9) (アフタヌーンKC) -


そして、そういった凶兆や(妊娠時に赤子をあんぜんに、目のなかに入った汚れを安全に)「とりはずす」という燕の意味を緩和させるために鷲石(≠太陽)が用意されていたのかもしれない。





















picture_pc_46be370f13dec56b65cf350d2b184529.jpg

(Bertha Lum、Land of the Bluebird)






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山本義隆、2007、「16世紀文化革命 1」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/229813934.html



posted by m_um_u at 22:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

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