2016年12月17日

「身体はトラウマを記憶する」



少し前に読んでついったのTL的にもシェアしといたほうがいいかなと思ったので簡単に

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法 -
身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法 -




簡単にはトラウマからの復帰の方法について。んでもトラウマだけでもなくグリーフケアとか発達障害とかにも適応される感じ。あるいは鬱とか自律神経失調とか。そういうわけで紹介しといたほうがいいかなとおもった。


紹介的な文章になるので特に自力でうんたらする必要性もないだろから他人様の紹介を主に借りよう。巻末の解説が端的にまとまっていたのでそれをまるっと引用から。

ちなみに引用はiPhoneのスキャンアプリCamScannerからのOCRを試しがてらやってみた。便利だけどiPhoneカメラの性質上カメラで捉えられる範囲が限定される/あまりたくさん文字を写すとOCRの誤認識が多くなるのでなるべく短い単元ごとで撮影する → 何回も撮影しなければいけなくなって疲れる、というのはあった。んでもあらためて写経におけるスキャナ→OCR便利だなあとおもったので安価なハンドスキャナとかあとでぼけーっと見て見るかもしれない。

閑話休題

以下、巻末引用から






浜松医科大学児童青年期精神医学講座  杉山登志郎



本書の著者、ヴァン・デア・コークはエピローグの冒頭で、次のように書く。「私たちの社会は今、トラウマを強く意識する時代を迎えようとしている」


本書は・自伝的な要素を有し著者の精神科医としての、そしてトラウマに関する世界的な研究者としての歩みがそのまま記されている。オランダ系移民であるヴァン・デア・コークの父親は、ナチスに対し批判的であったがためにナチスによる投獄を経験し、母親は幼児期のトラウマの経験を持つことが暗示され、家族の中に深いトラウマがあったことが開示される。彼の歩みは、トラウマの再発見から始まる、今日のトラウマ研究の歴史そのものなのだ。一九七八年、駆け出しの精神科医であったヴァン・デア・コークがベトナム戦争の帰還兵が示す凄まじい後遺症に圧倒され、トラウマのもたらす多?にわたる脳ヘの影響に気付くところから本書は始まる。トラウマについて、精神医学が発見と忘却を繰り返してきたことを彼もまた再発見し、一九八○年に出版されたアメリカ精神医学会炸成の「診断・統計マニュアル第三版(通称D S M.皿)」に初めて心的外傷後ストレス障害(PTSD)の概念が登場したことをきっかけに、効果的な治療法を見つけるための体系的な研究を開始する。さらに彼は、慢性のトラウマや強烈なトラウマにさらされた脳が通常とは異なる働きを作り上げて行くことを、最新の脳科学や脳画像法を駆使Lて解明して行く。そうして積み上げられた実証を伴うデータの集積によって、一見脈絡のない不可思議な症状群が、すべてトラウマによって引き起こされた脳の変化に基づくものであることが示され、なぜ従来の治療法が無力であるのかも、脳の働きに遡って明らかになる。また薬物療法の限界も示される。

重度のトラウマ、特に子ども虐待などの慢性のトラウマによって生じる様々な重症な臨床像である、複雑性PTSDと発違性トラウマ障害が、なぜかアメリカの精神医学の主流から無視され続けたこと、さらに抗精神病薬や抗うつ薬の処方のみが膨れ上がって行く状況も克明に語られる。その上で、不可能とも思われたトラウマの後遺症からの回復を可能にする様々な方法が、これも実証を伴った研究によって今日の到達点として描かれる。

本書を通して私は、被虐待児とその親の臨床の中で疑間を感じつつそのままになっていた問題や断片的な理解のままになっていた間題のほぽすべてに、明確な回答を与えられ、視野が何倍に広がったような体験をした。本書は日本でも、トラウマに向き合わざるを得ない人々にとって信頼できるテキストとなるだろう。それはこんな人々である。ドメステイツク.バイオレンスや子ども虐待に向ぎ合わざるを得ない人、少年非行や少年犯罪、薬物中毒、性被害・性加害、社会的擁護、里親・里子、貧困、すべての精神疾患、怠学、不登校に関わる人々。つまり学校数師、ソーシャルワーカー、児童養護施設や児童自立支援施設で働く人、精神科医、臨床心理士、弁護士、裁判官、警察官、検察官そして政治家。まさに私たちの社会は今、トラウマを強く意識しなくては何もできない時代を迎えようとしているのである。


本書の圧巻は、なんといっても第5部「回復ヘのさまざまな道」である。本書の冒頭でヴァン・デア・コークは三つの方法があるとしている。一、自分に起きていることを知り、それを許容しつつトラウマ記憶を処理するトップダウンの方法、二、不適切な警戒反応を抑制し、脳の情報処理を変える方法、三、トラウマに起因する無力感などに立ち向かうボトムアップの方法。どれが有効なのかはやってみなくては分からないし、ーつだけではうまく行かないことが多い、従ってて組み合せが必要であるとしている。


第5部で取り上げられているのは、トラウマからの回復のために工夫、開発されてきた実に広範な様々な治療方法である。最初に、言葉での表現として、自分に手紙を書くという自由筆記法の可能性が取り上げられる。次の章ではEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)が紹介されるが、自分が実施Lていたグループセッションの参加者の中に、併行してEMDRを受けた患者がいて、その回復ぶりに驚嘆したヴァン・デア・コーク自身が早速研修を受けに行き、その効果に驚くというエピソードが紹介されている。これは私自身の経験そのものでもある。次がヨーガである。ヨーガこそボトムアップの強力な方法でありマインドフルネスや呼吸法との組み合わせによって、細心の注意を払いながら治療に織り込んで行く具体的なやり方が示される。ヴァン・デア・コークのすばらしいところは、これらの効果を直ちに最新の脳画像研究を用いて立証して見せることができることだ。EMDRの効果検証のみならず、ヨーガに関しても自己調整の中枢である脳内の島(とう)と呼ばれる部位の活性化が示されている。次に取り上げられるのは多重人格ヘの内的家族ジステム療法の紹介である。我が国では自我状態療法として行われている方法とほぼ同じ治療手技である。次いでPBSP療法が紹介される。

これはグループ精神療法を用いて、失われた愛着を想像の中で取り戻すという大変に興味深い臨床的試みである。我が国の治療者のために補えば、嶺輝子(みねてるこ)が独自に開発したホログラフイートークが類似のアイデアで構成されていて、この手法に精通すれぱ、愛着の修復の効果が同等に得られると考えられる。次に登場するのがニューロフイードバックを用いた脳の反応の正常化である。この部分に関して私は未経験であり、ぜひ学んでみたいと強く思った。最後に紹介されるのが、演劇や声劇によるトラウマヘの治療効果である。こちらも私は未経験であるが、その効果に関してはなるほどと実感ができるものぱかりである。

ヴァン・デア・コークは特定の治療法を勧めてはいない。そのいくつかを組み合わせることが必要で、本人に合った治療法を選び、脳や生体の起こすトラウマ反応に最新の注意を払いつつ実践して行くことによって、薬に頼らず確実な回復を得ることができることを実証しているのである。






上記にもあるようにこの本のハイライトは後半の様々な治療法部分となる。


人はどうやって「トラウマ」を克服するのか | 今週のHONZ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
http://toyokeizai.net/articles/-/141463

本書のハイライトは、間違いなく、それらの治療法について述べた後半部である。そこでは、驚きともいえる治療法と回復事例の数々が、著者の熱い筆致によって語られる。正直な話、おそらくこの部分は、その筋の専門家でなければ、「そんな方法で本当に効くの?」と訝しく思われる箇所もいくつかあるだろう。

ただそれと同時に、治療法の新奇性とともに、「できることなら何でもする」という著者の意気込みがことさらに目を引く部分でもある。健全な疑いを持ちつつ、新しいアプローチと著者の情熱を楽しみながら読んでいきたいところだ。


著者のモットーは、「患者が良くなるのを手助けするために、できることなら何でもする」であり、実際に本書でも、EMDR、ヨガ、内的家族システム療法、ニューロフィードバックなど、じつに多くの治療法をとりあげている。

さて、以上のように整理すると、トラウマの治療として著者が何を目指しているのかも、よりはっきり見えてくるかもしれない。原題や邦題が示しているように、「トラウマは脳と心と体に痕跡を残す」というのが著者の基本的な考えである。ならば、「トラウマはどんな痕跡を残しているのか」「患者は現にどんな状態にあるのか」を見定めたうえで、それぞれの場合に適した治療法を選択し、ひいてはそれらを組み合わせよう、とそういうのである。



「トラウマは脳と心と体に痕跡を残す」という部分については実際に脳の状態をスキャンしてトラウマを負った脳の状態を診ている。トラウマを負った脳は扁桃体への電気信号が過剰になり、そのぶん前頭葉へのそれが持っていかれるみたい。つまり無駄に恐怖・不安反応が高まり自動的にそれが生じ理性的な判断がしにくくなる。

ひとつ具体的な議論を追ってみよう。先に述べたように、トラウマは脳にもその痕跡を残す。典型的には、トラウマを負った人では扁桃体が過敏に反応するようになっているのである。扁桃体といえば、情動反応の処理においてとくに重要な役割を果たしていて、脳における「煙探知機」に喩えられる部位だ。脳画像でも確認されているように、そうした探知機が過敏に反応するからこそ、患者は必要以上に危険を感知し、ストレスホルモンがたびたび強く分泌されてしまうのである。

ただし、トラウマと関係している脳部位は扁桃体だけではない。扁桃体との関係でとりわけ重要なのは、前頭前皮質だ。前頭前皮質はいわゆる実行機能を担っており、とくに内側前頭前皮質は脳の「監視塔」に喩えられる。煙探知機として警報を鳴らすのが扁桃体の役割だとすれば、その警報が妥当なものかどうかを判断するのが内側前頭前皮質の役割である。かりに煙探知機が警報を発したとしても、監視塔がそれを誤報だと判断すれば、ストレス反応はじきに抑制される。だから重要なのは、扁桃体と内側前頭前皮質の均衡関係なのである。その証拠に、そうした関係が崩れてしまうと、現にトラウマを負った人がそうであるように、すぐさま闘争/逃走モードのような状態に陥ってしまうことになる。


この状態をリセットするために様々方法が提示される。ヨガとか演劇を通じたロールプレイとか。あるいはEMDR(眼球運動を利用した方法)を命綱にトラウマダイブして自分で克服する手助けとか、ニューロフィードバックで脳に直接に電気信号を送り障害を調整とか。

もっとも身近にはヨーガとか長距離走なんかが良いように思えた。要するに呼吸。長くて落ち着いた呼吸で自律神経を落ち着かせる。1分間に6回の呼吸。


トラウマ性ストレスにうまく対処するためには、まさに両者の均衡関係を維持・回復することが肝要だと考えられる。そして著者によれば、そうした均衡を維持・回復する手段には、トップダウンの調節方法とボトムアップの調節方法がある。

トップダウンの調節は、監視塔の力を強化するものであり、具体的にはマインドフルネス瞑想やヨガなどがそれに当たる。他方、ボトムアップの調節は、自律神経系の再調整を促すものであり、具体的には呼吸や身体動作、接触などを介して行われる。そして、そうした具体的な調節方法として、先に示したような多種多様な治療法を著者は紹介していくのである。




自分的にヨーガはまだやってないのだけどそのうちやるときように本書でよく紹介されていたこの辺とか読んでみるのも良いかも。



スティーヴン・コープの名著「ヨーガと真の自己の探求」


あとは太極拳とかかなあ。。64式とか。あるいは地味な套路。




「習得への情熱―チェスから武術へ」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/442327056.html

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「ドッグヴィル」/「マンダレイ」



『ドッグヴィル』×『マンダレイ』 ラース・フォン・トリアー ツインパック [DVD] -
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ドッグヴィル - Wikipedia

舞台は大恐慌時代のロッキー山脈の廃れた鉱山町ドッグヴィル(犬の町)。医者の息子トム(ベタニー)は偉大な作家となって人々に彼のすばらしい道徳を伝えることを夢見ていた。
そこにギャングに追われたグレース(キッドマン)が逃げ込んでくる。トムは追われている理由をかたくなに口にしないグレースを受け入れ、かくまうことこそが道徳の実践だと確信し、町の人々にグレースの奉仕と引き換えに彼女をかくまうことを提案する。
グレースは受け入れてもらうために必死で努力し、いつの日か町の人と心が通うようになる。しかし、住人の態度は次第に身勝手なエゴへと変貌していく。


作品の内容自体は鶴の恩返しとかその他の教訓的昔話にも似てる。

「平凡で刺激のない村にある日うつくしい娘があらわれた。村人たちは最初、娘を受け入れがたくしていたが次第にココロを開いていく。娘を受け容れるなかで平凡な生活の中で気づかなかった楽しみにも気付かされていく。そこで終わっておけばよかったのに村人たちは次第に娘に甘えエゴや欲望を押し付けていく。そのエゴと欲望の罪から目を背けるため罪を娘になすりつけ己の罪を見ないようにする(『あの女が誘惑したんだ!』『あの女が悪いんだからひどい目にあって当然だ』『ひどい目ではなくこの女には当然のことなのだ』)。娘はそんな村人のひどい仕打ちにも耐え忍んでいたが、娘を陥れようと村人たちが仕組んだ罠が却って村人たちに最後の裁きを下すことになる。村人たちは自ら最悪の裁きを招き入れる。娘は赦すつもりでいたのに」

村人目線で見るとこういった昔話的な教訓話になる。でもこの物語は主人公グレースの、あるいはトリアーの描いてきた聖女たちの物語となる。汚れ、寡黙に耐え忍ぶだけの聖女たちの。

以前にダンサー・イン・ザ・ダークの感想で「彼女はある意味独善的だ」「自分に酔っているだけだ」というようなことをいったようにおもう。


それと同じようなことがこのドッグヴィルの最後の対話でも指摘される。

グレースは強力なギャングのボスの娘で、彼女は父の汚い仕事を継ぐのを拒否してそこから逃げてきたのだった。ギャングのボスはグレースと車の中で話し、他人が自分と同等の道徳的水準にないと考える (さらに、本来人は自分行為について説明責任がある (accountable) が、グレースが住人に説明の機会も与えず許そうとしていることについて) グレースを傲慢だとした。グレースは最初父親の言うことを聞こうとしなかったが、いったん車を離れ町や住人の様子を見ながら熟考した末、父の考えに同意して「もし住人達が自分自身と同じくらい道徳的だったならば住人達を非難して重い罰を与えなければならないだろう、そうしないのは独善的で偽善的である」と考えた。グレースが町を破壊するこの決断に至ったのは最後にトムと交わした会話による。トムはギャングが町に対して行うことそのものについては恐れているが、自分のやったことに自責の念や後悔はないと言い、トムがグレースを裏切ったことで互いに人間の性質について多くのことを学べたと発言した。グレースは父の娘としての役割を受け入れ、町を消し去るよう命令する。



彼女たちの行い、全ての罪を自らが被り贖うという行為はたしかに尊いし立派ではあるのだけどそれを誰にも説明せず行ってるうちは単なる自己陶酔にすぎない、し、誰も彼女たちと対等のものとして認めてないということになる。

グレースの選択は住民たちを彼女たちと対等のものと認めることを通じて、「であるならば」対等に同じ罪を贖わせなければならない、という苦渋の決断だった。ギャングたちによって殺され火を点けられた村は彼女の幼い正義の象徴だったといえる。それに火をつけ決別したことで彼女はヒキコモリ的正義から正しさを世に試し、それによって傷つくことを受け入れていく。傷つき成長していくことを。

ただ、最後の決断に対して、その正義の判定が甚だ一方的であるという点で疑問は残るのだけど。まあそのことについても続編を通じて自省と自己批判の材料となっていくのだろう。




マンダレイ - Wikipedia
舞台は1933年のアラバマ州、南北戦争と奴隷解放宣言からおよそ70年。縄張りを失って旅をしていたグレース(ハワード)たちギャング団は大農場マンダレイの前で黒人の女に呼び止められる。そこでは依然として奴隷制度同様の搾取が横行し、今まさに「使用人」の一人ティモシー(バンコレ)がむち打たれようとしていた。グレースが銃の力で割り込むと農場の女主人(バコール)は息絶えてしまう。命令するものを失って途方にくれる黒人の使用人たちをみてグレースは、マンダレイを民主的で自由な共同体につくりかえる決心をする。



前作で父の権力(暴力による己の正しさの行使)と同じものを自身も実行してしまったグレースはその後、ふたたび父への反発をつのらせていたところで南部のしみったれた街マンダレイにたどり着いた。
そこでグレースは未だに奴隷制度がつづいている街の様子を見て止めに入る。ギャングの暴力≒父の権力によって。

その後、かつての女主人を失った奴隷たちが奴隷としては開放されつつも極めて不利な条件で労働契約をさせられそうなのを見て間に入る。「このままだと実質的には奴隷と同じだ」。グレースは逆にギャングの法律顧問を使うことで契約書を作り直し街の白人たちと黒人たちの立場を同じようなものとする。
そこで黒人たちはいちおう自由とはなったものの自由を継続するための仕事≒収入が安定しない。その安定が確立するまでグレースはとどまりともに働きつつ彼らを支えていこうとする。彼らに共同体の民主的運営、民主主義を教えつつ。

これがうまくいっていたらヴェイユの工場日記みたいな感じだったのだろう。「理想をいうだけではなく下層労働者とともに働き、リアルを実感しつつともに戦い、なんだったら改善策を練っていく」。
とはいっても結果的にそうはならなかったのだけど。工場日記もそういう内容でもなかった。

ネタバレしてもよいだろうからネタバレしちゃうけど、収穫が終わり換金したところで悲劇が起こる。

グレースはだんだんと街の暮らしにも慣れていっていたが長い共同生活の中で自身の女の疼きを持て余すようになっていた。そんな中で共同体の中でも「誇り高い黒人」として種別され、一匹狼的な側面とともにある種の知性と誇りをにおわせていたティモシーを気にするように。
収穫の後、女主人の役割を解かれたグレースをティモシーは誘い、グレースもそれを受け容れる。「女は裸にされて横たわらされ目隠しをされ男が一方的につらぬくのに身を任せなければならない」という交わりは伝統に則った直接的なもので情を交えるというものでもなかったのだけど、むしろそれはグレースが望んだものだった。否定していた父の権力観、主と奴隷的な生活のなかで黒人の異性にかしずかれ性的な愛撫もサービスされることを妄想してしまっていたグレース。ティモシーによる一方的なセックスはそういったものとは真逆といえるけれど、「奴隷に襲われた女主人」的な妄想と欲望を満足させるものとなったのだろう。とりあえずその交わりはグレースの満足の行くものだった。
その後、悲劇が起こる。

目覚めてみると村人の一部が殺され収穫金が奪われていた。「ギャングが戻ってきて襲って盗んだんだ」と残っていた黒人はいう。しかし目撃したわけではないらしい。
呆然としていたグレースに白人の男が近寄ってくる。かつてグレースに唾棄すべき取引を持ちかけた男だ。「解放奴隷は解放した体でパンと娯楽を与え、娯楽≒ギャンブルを通じて有り金を巻き上げてしまえばいい。そうすれば実質は奴隷と変わらない。わたしだったらうまくやれる。わたしは二割でいい。八割の儲けをあなたに渡そう」。そのとき嫌悪をしめして突っぱねた男が戻ってきて言う。「これはあなたの分だ。約束していた8割だ」。訝るグレースに男は続ける。「ティモシーとかいう黒人から巻き上げたのだよ」
ここでグレースの世界が歪む。

ある程度信頼し身体を預けた相手が、共同体の中で一目置いていた相手が、、よりによって、、


ティモシーは「誇り高い黒人」ではなかったのか?


グレースは室へ戻って前の女主人が残していた秘密のノート、黒人の等級・区分けに示されていた内容を調べる。

誇り高い黒人、おどける黒人、暴力的な黒人、臆病な黒人、、

いくつかの性格付けごとに属性され7つのグループに分類されたそれ。



ティモシーは1の「誇り高い黒人」ではなかったか?



1だと思っていた数字はよくよくみてみると7で「ずる賢い黒人」だった。


「人をこのように属性分けしそれに従って管理するなんて(政治的に正しくない)」

そのように思っていた忌まわしい書の内容の通りになったのだ。

後の会合でこの書は前の主人がつくったものではなく主人に仕えていた老黒人が作ったものとわかる。

彼らは、無理やり奴隷制度に従わされていた、のではなく、彼らのうちの数人が自らこのような管理体制を望み象徴として女主人をたてていた、のだ。女主人がそのような制度の憎しみを一手に引き受けおさめることで共同体の平衡を保っていた。

グレースはそのような女主人の代わりと勤めるように要請される。真実を知ったグレースは北へと逃れる。




今作でははっきりと「政治的ただしさ(ポリティカル・コレクトネス)」という用語が出てきてこのシリーズがそれをめぐる作品であることがわかる。
正義やPCを尊ぶ純真な乙女が現実に直面しだんだんと薄汚れていく物語。あるいはそのなかで鍛えられナニモノかになっていく、のか。

ふつーの道徳おとぎ話だったら「解放奴隷とともに手を携えることで彼らの自立をたすけましたとさ(チャンチャン♪)」で終わって良いところを皮肉で露悪な内容に仕上げている。
作品の最後の「アメリカに対して黒人たちは不平を言うがこんなにも自由を与えてるんだぜ?」(そこからEDの「young america」という脳天気な曲に合わせKKKが最初に出てくる)というのはそういった皮肉だろう。

「マンダレイ」を含め「ドッグヴィル」もトランプ当選後のアメリカに合わせてみると感慨がある。「マンダレイ」は黒人も含めた非白人層一般、「ドッグヴィル」のほうはアメリカの田舎の中・下流を想わせる。
「政治的正しさは彼らも平等にというがじっさいの彼らは怠惰で卑怯で村ごと消し炭にしてやりたいような存在だ。きみたちはその現実を見ていないからそのようなキレイゴトを言えるのではないか?現実を見、実際に体験してそれを言えるのか?」
それがこの一連の作品のじっさいの問いだろう。

そして、聖女が汚れたたきのめされつつもそれらを引き受けていけるかどうか。




posted by m_um_u at 07:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

「メランコリア」 → 「土星の徴の下に」




少しまえにトリアーの「メランコリア」をみて感想なんかをnoteしてたのだけどそのリライト的にまとめてエントリしとこう。

メランコリア [Blu-ray] -
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メランコリア (映画) - Wikipedia

コピーライターであるジャスティンは、心の病を抱えていた。その鬱症状が引かないうちに僚友マイケルとの披露宴を迎えた彼女は、母であるギャビーとともに奇矯な行動に出、祝宴の雰囲気をぶち壊すのみならず上司ジャックや、他ならぬ新郎マイケルとの関係決裂を招いてしまう。そんなジャスティンをなじる姉クレアだったが、仕方なく夫のジョンや息子とともに彼女との生活を続ける。だが、ジャスティンの病状が穏やかになるとともに、地球に奇妙な周回軌道をとる惑星が接近する。彼女は周りの狼狽を意に介さず惑星の到来を朗らかに出迎えるのだった。


◆ 僕を哲学的に考えさせる映画:ラース・フォン・トリアーの〈メランコリア〉 - LIFE WITHOUT "THINKING" ・・・ IS BORING!
http://mythink.hatenablog.com/entry/2016/07/24/150418



巷で言われてるほどショッキングなものでもなくむしろ耽美的で落ち着いた感じだった。まあうつ病のひと的にはリアルに感じてなまじっかのショッキングな映像よりクるものがあるのかもだけど。

この映画の感想をざっと見たところやはり裸とかセックスシーンとかに目を引かれそのことについて言及せざるを得ない人たちがちらほら見当たるのだけどアレ自体はこの作品においてはそんなにショックな事でもないのだとおもう。あるいはトリアーのほかの作品においても。

「メランコリア」においては主演のキルスティン・ダンストが惑星の明かりの元で全裸になったり、披露宴当日に特に知らない冴えない男とセックスする(新郎やパーティを放ったらかして)。
これらはそれ単独だとショッキングなことだけどキルスティン・ダンストが演じるヒロインの心境を思うとそんなにたいしたことでもない。単に裸になったりセックス(粘膜接触・体液交換)したりってだけなので。
こういった行動に及ぶ背景にはヒロインの心がそれをせざるを得ない / してちょうどよいぐらいに壊れていて、その逃げ道として裸になったりセックスしたりするのがちょうどよかったのだろう。クソみたいな披露宴をなんとか( ^ω^ )ニコニコとこなしつつ、だんだんと「世間」が自分たちの都合を押し付けてくることに(#^ω^ )しつつもやりすごしていたのに身体とか自分の心の奥のほうが拒否反応を示しだして、最終的に「初夜の契」的なもので(表面的には紳士を装いつつも)性欲を押し付けてくる新郎に嫌気がさして身体がくそくらえな反応をする。その結果としての見ず知らずの冴えない男とのセックスで、そこに心は通ってない/単なるストレス解消の体液放出なので道具を使った自慰的になる。そこには理性的な判断とか理由とかは特になさそう。放尿と同じぐらいで。

そして、彼女の鬱的な心境は惑星の衝突 ≠ セカイノオワリによって救われていく。

それが鬱になった彼女の心の中の常態であったのでとくにアタフタもない。自分の心が死ぬ≠世界も終わっている=オワレバイイノニ、ぐらいだったので。かといって喜ぶでもない。ベストな選択でもないし。

問題はこういった心境、鬱的な心境が披露宴によってつくられたのか?ということだけど、どうも披露宴以前からこういう心境がつくられていたぽい。「彼女は仕事中毒だ」の言葉と広告業界という場。父親と母親の不仲とその影響としての愛の無い家庭環境の片鱗。そのへんでなんとなく慮れるけど、物語的な合理性からこの作品を説明・理解したい人にとってはそのあたりの細かい描写があったほうが分かりやすかったのだろう。物語的合理性から理解したい人たち ≠ たとえばセックスシーンとかにとらわれるような人たち。単に鬱の心象を描きたかったぽいトリアーとかにとっては蛇足で冗長的にはなるのだろうけど。

「冗長」ということでいえばこの映画全体が冗長ともいえる。本来ならオープニングの8分ぐらいの断片的な映像のコラージュによって終わっていて然るべきともいえる作品で、それを映画的な作品に仕上げるため≠ほかのひとにもある程度わかりやすく表現するために物語的なつなぎと因果関係が必要になった、程度だったのではないか。

鬱状態だったトリアーの見た、あるいは想像しアンシンした美しい画(夢)が冒頭8分の断片であとからそこに物語をつけて説明していっただけのような…。

あとは細々としたこと。

キルスティン・ダンストの鬱になったときの表情がそれっぽかったのだけど…?とおもっていたらユリイカの特集号で「自身も鬱を患った経験から」とあった。



ユリイカ 2014年10月号 特集=ラース・フォン・トリアー  『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』から『ドッグヴィル』、そして『ニンフォマニアック』へ -
ユリイカ 2014年10月号 特集=ラース・フォン・トリアー 『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』から『ドッグヴィル』、そして『ニンフォマニアック』へ -


たぶんタルコフスキーの「惑星ソラリス」の影響とかオマージュとかあるのだろうけどタルコフスキー作品は相変わらずわかりにくくよくわかってない。まあ「ソラリス」はこの機会に見てもいいかなと思うし、自分的にはトリアーから見たほうがわかりやすい(トリアーの関連作品が補助台になってる)ともいえるのかもだけど。そういえば惑星がいよいよ衝突寸前で瀟洒なお屋敷からお庭を眺めたときに馬が草を食んでいてという場面のシュールな静謐がなんとなくタルコフスキーの作品を想わせた。


メランコリア (映画) - Wikipedia

カンヌ国際映画祭における記者会見でラース・フォン・トリアーは本作におけるドイツのロマン主義芸術からの影響を話した後、「ヒトラーに共鳴する」などと発言したために反ユダヤとされた。カンヌ映画祭事務局側は事態を重く受け止め、「好ましからぬ人物」としてトリアーを追放した。出品された「メランコリア」は審査の対象から外されなかったものの、仮に授賞してもトリアー監督は出席できなくなった



この部分についてはユリイカの特集号にインタビューについての詳細が載っていた。

(ユリイカ、ラース・フォン・トリアー回より2011年のカンヌ映画祭での「メランコリア」上映後のトリアーへのインタビュー)
― 本作はドイツロマン主義に触発されたそうですが、あなたの中に流れるドイツ人の血とゴシック芸術との関連性について説明してもらえますか。デンマーク映画協会の資料によると、本作を作るにあたりナチスの美術論についても関心が生まれたそうですが、それについて説明してください


自分はずっとユダヤ人と思っていたし、それも下層階級のユダヤ人と思っていて、それに満足していた。ユダヤ人になりたかったんだ。ところが自分はナチスだと分かり(他界した母が、ジップはドイツ人だったと遺言した)、それもまた同様にうれしかった。ヒトラーを理解できると思ったんだ。たしかに彼は残虐なことをした。地下壕に座ってヒトラーが……(ここで、隣に座っていたキルスティンが、ラースに腕を回し発言を控えるように態度で合図する。戸惑うラース)……それで、彼を理解できる気持ちになった。彼は善人とはとても言えないが、少しだけシンパシーを感じるんだ。でも第二次大戦でやったことについてではないよ。それに僕はユダヤ人に反感はないし、スサンネ・ビアに対してだって……これも同様に冗談だけれど、ユダヤ人にはシンパシーを感じている。ただしイスラエルがやっていることについては同意しないけど。どうやったら僕はこの話題から抜け出ることができるんだろうか……。

話題を転換させようとしたが、あまりにも当惑し、最後「わかった、僕はナチスだ」と自爆した。会見の会場はリラックスした雰囲気で、笑いさえ漏れた。ところが――。

翌日の朝刊、特に本国デンマークの新聞やゴシップ誌から、辛辣な批判を受けることになった。19日の朝はその話で持ち切り。そんな状況のなかでこの囲み取材は行われた。内容的にも、一件について訊きたいデンマークの記者や、キリスト教の側面について訊きたい記者が他者に発言権を渡そうとせず、どうにも焦点が定まらない取材となった。さて、ラースの発言は更に波紋を呼び、結局カンヌ映画祭側は、周囲からの圧力もあったのだろうか、彼を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからぬ人物)」として映画祭永久追放という手段に出るに至った。ただ、主演キルスティン・ダンストが主演女優賞を獲得したのがせめてもの計らいか。この事件は以後のラースに暗雲のようについてまわり、2014年現在、彼はマスコミの取材を一切受けていない状況だ。







メランコリー+ロマン主義ということでベンヤミンとかソンタグとかをトリアーも参照して影響されたりしたのかな?とちょっとぐぐったけどそういうのはないみたいだった。まあこの機会だからついでにちょっとこれ読んどいてもいいかもしれない、とこの辺を読む。

土星の徴しの下に -
土星の徴しの下に -


自身もうつ病だったベンヤミンは生まれつきうつ病傾向のひとを「土星の徴をもつもの」といった。それはガレノスの四体液説に依る。

メランコリー - Wikipedia

現代の精神医学の用法では、「メランコリーの特徴を有する」うつ病という、うつ病の細分類であり、重症のものという意味合いが強い。それとも別に、近現代の精神医学では、主にドイツや日本にて、うつ病が起こりやすい性格としての、几帳面で良心的といった特徴を持つメランコリー親和型が関心を集め、テレンバッハがその著書『メランコリー』にて提起したが、1977年の日本の報告以来、うつ病像がそういった特徴を持たないものへと変化しており、日本の現代のうつ病論へとつながっている。

医学では古くはギリシャのヒポクラテスまでさかのぼるが、メランコリーは抑うつを示す状態でも特に重症のものを指してきた。四体液説における黒胆汁質のことを指し、「黒胆汁」という体液の多い人は憂鬱な気質になるとされた。



占星術にも絡んでいて黒胆汁のひと≠土星のひと、だったか。

昔の医療ではこの理論に基づき身体の不具合は「悪い血がたまってる」と考えられ瀉血(しゃけつ)を主としていた。いわゆる血抜き。血抜きでだいたい治るとされていた。外傷以外の病は。


四体液説 - Wikipedia

ギリシャ・ローマの医学では自然治癒を重視し、悪い体液を排出し自然治癒を促すために、刃物やヒルを使って悪い体液を排出する瀉血(刺絡とも)や、下剤、浄化剤、緩下剤、誘導剤を用いた。また、体液のバランスのために、食事療法や運動、入浴も重視された。「医術について」では、すべての人に当てはまる最高のバランスがあるわけではなく、人によってその体にふさわしいバランスがあり、また健康にいいものは状況・年齢などによって変わってくると説明される。例えば、体が運動を求めている時の休息、休むべき時の運動は健康的でははなく、同じことが飲食物や薬物に関しても言われた。


そういやメランコリアでも入浴シーンがなんどか出てきたけど、まああれは四体液説というよりは単に疲れたときに風呂入ってるぐらいがちょうどよいということだったのだろう。




タイトルにもなってるエッセイ「土星の徴のもとに」を読んでちょっと「メランコリア」の感想に付け加えたくなった。「土星の徴のもとに」はベンヤミンをはじめとした鬱傾向の人、土星の徴のもとに生まれた人たちについてのエッセイ。


映画の中で姉のクレアが鬱の妹に対して「あなたってほんとに忌々しくなることがあるわ」みたいなこといっていたけどあれはこういった先天性・器質的鬱人間が鬱モードにはいったときの離人・非コミュ感に対する一般感覚なのだろうなあというかんじ。
土星の徴をもつ人間はなんとなく内向的になりがち+非人間的なものを蒐集するし編成・分類する傾向がある。そしてそれらがしばしば「仕事」に通じるとワーカホリック的な偏執性を帯びることがあるのだけど、それはその作業に逃避することで人間的コミュニケーションから逃避できるという裏返しにも思える。

「メランコリア」だと主人公がそんな感じで、壊れるまえまでワーカホリックになっていたのはそれによってわずらわしくわかりにくい人間的コミュニケーションから逃避できたからだろう。ふだんの仕事的な付き合いだと仮面(ペルソナ)をかぶってやり過ごせば良いわけだし。その意味だと「仕事が忙しすぎて壊れた」というのも一面的な見方だったといえる。ただしそういった表面的な付き合いもある程度すすむと深いものにならざるを得ず、その究極ともいえるものが結婚であり、結婚披露宴、そしてその日での破局というのは鬱的な土星人間が頑張って耐えて築いてきたものが一気に崩れ去る最高で最悪の舞台だったといえる。「土星的人間がもっとも衝撃を感じる場面」の表象という意味で「披露宴での破局」という場面が選ばれた、のかもしれない。

土星の徴をもって生まれた人間にとっては時間感覚が単なる束縛となっていくらしい。逆に空間に可能性を見出しそこに無限の寓意性と解釈の可能性を見いだす。近代的時間は現在から未来に向かっての単線という束縛を帯びるが空間は恣意的に無限の配置の可能性・自由度を残す。そのため他人からみて緩慢とも思える反応をし他人を苛立たせる(cf.「あなたってほんとに忌々しくなることがあるわ」、披露宴で人をまたしておきながら風呂に入ってるというシンジラレナイ行為)。

それらは現代の一般的常識人からすればシンジラレナイ行為・行動なのだろうけど知的に先鋭化した土星人間たちが真実に対して誠実になってるだけとも言える。単線の時間概念は近代のフィクションにすぎないし、三次元を超えた時間と存在の感覚からすれば空間への配置の可能性は無限にある。そして彼らは「人に対しては不誠実」と思われてもモノやコト(あるいは超自然的法則)に対しては誠実に振る舞う。

ベンヤミンは現在の自分を見つめること、そこから語ることを不得意とし自身を語るときはむしろ少年期の自身の様々な徴候を現在に至る必然として語ることを好んだ(そこから「自身」を語った)らしい。近代的単線時間というフィクションに対して、記憶もフィクションの一部なわけだから「現在から未来」について考えるよりもすくなくとも「過去から現在」について語ったほうが誠実、ということだったのかもしれない。

ベンヤミンのテキストはちょっとした読んだことないけどこういった推理からするとたぶん彼のテキストというのは因果関係、論理がバラバラに配置された脈絡のないものになっていて、それぞれの単元ごとに論理が完結してはいるけれどそれを連続して読み解こうとすると読み解きにくいものになっているのだろう。たとえば「パサージュ論」のように。
なので、それらを通読してすぐに読める・理解できるものと思うのではなく、とりあえず全部読んでおいてしばらくしてなんとなく全体がつながるのを待つのが適当なのかもしれない。まあそれで理解できるのかもしれないし理解できないのかもしれないというところなのだけど。

(学位論文にしようとした「ドイツ悲劇の根源」だったか?は学位論文にしようとしたぐらいだからまともな単線論理で書かれてることを期待するのだけど。内容的にもロマン主義と悲劇のうんたらについて書かれているようで重要なので)










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2016年11月30日

片渕須直、2016、「この世界の片隅に」



時間があったのでようやく見てきた。



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原作は読み込んでいたし映画館でみることにそんなに意義を感じない(むしろ不快に思う)性質なので最初はどうしようかなあ時間が合ったら行こうかなあ自分的にはタスクとなるのだろうしというお参り的な行事感覚だったのだけどついったのTLほかで評判が良いのを傍目にしてると行ったほうがいいな/行きたいなが強くなっていき本日時間も合ったので行ってきた。

結論からいうと素晴らしい出来で大変満足だったし映画館で見る意義も感じた。

ストーリーとしては知っていたのでその部分では特にいまからどうこういうこともないのだけど映画版と原作では編集や解釈の仕方によって意味合いが変わっていた部分もあったので後でなんか言ったり言わなかったりするかもしれない。まあそこは枝葉なので特にいう気分でもなければ書き留めないだろうけど。

あらすじ的にWikipediaを引用しようかと思って覗いたらおもったよりネタバレしていたのでいちおやめとこう。自分的にはネタバレはそれほど気にしないのだけど、この作品の場合はかなりネタバレしないほうがよいように思う。だいたいの宣伝や紹介のところでも「あの場面」については伏せてるし。ただおおまかな流れとして、

1944年(昭和19年)、絵が得意な少女浦野すずは広島市江波から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。戦争で物資が不足する中、すずは不器用ながらも懸命にささやかな暮らしを守るが、軍港の呉はたびたび空襲を受けるようになり、1945年(昭和20年)6月、すずも爆風で負傷する。見舞いにきた妹のすみからお祭りの日に帰ってくるよう誘われるが、その当日8月6日、呉では閃光と轟音が響き、広島方面からあがる巨大な雲を見る。8月15日、ラジオで終戦の詔勅を聞いたすずは、今まで信じていた日常を裏切られたくやしさで泣き崩れる。翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、祖母の家に身を寄せていたすみと再会。両親は亡くなり、すみには原爆症の症状が出ていた。廃墟となった市内で、すずはこの世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝しながら、戦災孤児の少女を連れて呉の北條家に戻るのだった。


(一部改変)



物語の全体の雰囲気は牧歌的で凡庸な日常的な風景で進んでいく。こうの史代作品に親しんでる人ならおなじみのぼんやりとほのぼのとした風景と空気感。アニメで表されたそれはホーホケキョとなりの山田くんの空気感に近いように思う。

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作品の大部分を覆うぼんやりとした雰囲気的には佳作的な作品のように思う。まあこの日常性の表現が「あの日」「あの場面」との対比として効いてくるわけだけど。




すっ飛ばしてアニメ版ならではと感じたところについて語ろう。

冒頭からだとやはり海の風景が良かった。現在だと残されてないような「海が引けると江波から草津まで歩いていけた」という場面。広島に生まれた現代っ子はこういう光景は見ていないので知識として知ってはいてもあらためて映像として再現されているとおおっと思うものがあったし分かりやすかった。ちなみに江波から草津というのはこういう感じで


eba.jpg


東京周辺の感覚だと横浜からみなとみらいとか中華街ぐらいまでの片道2〜3km(往復4〜6km)の距離と思ってくれて良いと思う。あのへんの湾が引けてショートカットで歩いていってる感じ。

あるいは少しまえにやっていたブラタモリ広島の回なんか見てるとわかりやすい。広島はもともと川が海に当たる三角州、干潟的なところが大部分だった土地でそこを埋め立てて拡張していった。なのですずたちの住んでいた江波のあたりも海に突き出た場所になる。埋め立ててあるので周りは川で囲まれていて「海」って感じでもないけど。地図からの俯瞰的には軍艦のようにも見える。

ブラタモリ広島回の流れ的にはこのあとに再現されていた「川を舟で交通し雁木から上陸する」あたりもおおっとなる。舟から見上げる橋の大きさと影。ちなみに雁木はいまでも広島にあってふだんは川付近まで降りて眺める階段的なものとして利用してる。最近は雁木タクシー的なものがふたたび出てきて船着き場としての役割を取り戻しだしたようだけど。


原作と比較してのアニメーション作品としての特徴として、最初に気になるのは色味と音楽の雰囲気、全体の構成、構図となる。

全体の構図やキャラクターの表し方は大部分が原作通りで違和感がなかった。そこに水彩的?な色味が付されていた。となりの山田くん的な、ぼんやりとした色味。物語としてもぼんやりと平和に進んでいく。上・中・下の3巻構成の原作的には上巻、中巻まではそのように進んでいく。ほかの作品と比べた場合の見どころとしては「戦争中の広島のふつうの人々の暮らしぶりがわかる」ぐらいの。あるいはそこにこうの史代作品的な情緒・情感的なエピソードが加わっていく。直接的ではない恋慕の念とその表現とか。淡い恋心とすれ違いとか。この作品の具体的にはすずさんと幼馴染の水原さん、夫になった周作さん、夫が心を通わせていた?疑惑のりんさん辺りをめぐる関係性。このあたりはこうの史代作品だなあという感じなのだけど映画的にはだいたい割愛されていた。その分エンディングのクラウドファンディングに協力してくれた人紹介のおまけアニメーションとして再現されていたけど。あの部分は「わかっている人」「原作を愛していた人」たち向けのおまけアニメーションとして秀逸だなあとおもった。貝殻の紅から描かれるところもいかにもリンさん的なものを表すのに相応しくて。



音楽的には全体の雰囲気をコトリンゴの声が彩っていく。




劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック - コトリンゴ
劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック - コトリンゴ


コトリンゴって名前はしっていても意識して聴いたことがなかったので今回Wikipediaを見て「ああ、キリンジ系の」て変な納得をしてしまった。TVアニメ「幸腹グラフィティ」の曲も担当してたようなので今回のものにも合ったのかなあとか思う。

コトリンゴによる「悲しくてやりきれない」が主題歌として使われてるらしいと見たときに「ああ、そういう手もあるかもなあ」と思った。EDとしてあの歌を使うのはありだなあ、と。でも実際に見てみたらそれはEDとしてではなく序盤からだった。EDはこの作品用の書き下ろしぽい「たんぽぽ」となる。




EDというか、この作品の主題歌は「みぎてのうた」になるのだろう。主題歌であり原作も含めたこの作品のカーネル的な部分。原作的には最終回である「しあはせの手紙」まで含んだ内容が「みぎてのうた」の歌詞となる。


「みぎてのうた」(作詞:こうの史代・片渕須直、作曲:コトリンゴ)

元の詞「しあはせの手紙」は以下となる。

元の詞から「不幸の手紙ではありません」あたりを省いた「真冬というのになまあたたかい風が吹いている」からはじまっている。



突然失礼致します

此れは不幸の手紙ではありません

だつてほら眞冬と云ふのになまあたゝかい風が吹いてゐる
時をり海の匂ひも運んで来る

道では何かの破片がきらきら笑ふ
貴方の背を撫づる太陽のてのひら
貴方を抱く海苔の宵闇
留まつては飛び去る正義
どこにでも宿る愛
そして いつでも用意さるる貴方の居場所



ごめんなさい

いま此れを讀んだ貴方は死にます




すゞめのおしゃべりを聞きそびれ
たんぽぽの綿毛を浴びそびれ
雲間のつくる日だまりに入りそびれ
隣りに眠る人の夢の中すら知りそびれ
家の前の道すらすべては踏みそびれ乍ら

ものすごい速さで次々に記憶になってゆくきらめく日々を
貴方はどうする事も出来ないで
少しづつ 少しづつ小さくなり
だんだんに動かなくなり
歯は欠け 目はうすく 耳は遠く
なのに其れをしあはせだと微笑まれ乍ら

皆が云ふのだからさうなのかも知れない
或ひは單にヒト事だからかも知れないな
貴方などこの世界のほんの切れつ端にすぎないのだから
しかもその貴方すら
懐しい切れ切れの誰かや何かの寄せ集めにすぎないのだから



どこにでも宿る愛

変はりゆくこの世界の あちこちに宿る切れ切れのわたしの愛

ほらご覧 いま其れも貴方の一部になる



例へばこんな風に





今わたしに出来るのはこのくらゐだ

もう こんな時 爪を立てて 誰の背中も掻いてやれないが

時々はかうして思ひ出してお呉れ



早々




アニメにおける終戦の日の場面と同じくわかりづらい言葉は偏向されて解釈されそうなので省いたのだろう。たとえば「留まつては飛び去る正義」、「此れは不幸の手紙ではありません」→「いま此れを讀んだ貴方は死にます」。

終戦の日、原作版ではあった「この国から正義が飛び去っていく」「暴力で従えとったということか。じゃけえ、暴力には屈するということかね。それがこの国の正体かね」というセリフも現在だと右翼的に解釈されかねないので割愛したように思える。あの時代のふつうの人々、特に「お国のために」というわけでもない人々も日本の正義を信じ、あるいはそれを最後のよすがとしてすべてを奪われたことに耐えていたのだろうけど。あの場面でのすずさんの涙もそういったもの、「すべてを奪われたのなら全身全霊をかけてたたかいに臨む。この身や命などどうなってもかまわないから最後までたたかう」というつもりだったのにあんなにも簡単に戦争の終わりを告げられその思いを裏切られたということへの涙となる。

アニメではこの部分、「この国から正義が飛び去っていく」が「アメリカからのパンなんかでデキた身体で」というふうに換えられ「それでも生きていく」「人々は食べて寝て生活して生きていく(それがかつての敵国であるアメリカからの物資でも)」という風に意味合いを変えられていく。それはその後につづいく戦後のすずたちの生活や気概、日々の暮らしを笑いを交えてしぶとく送っていく様子にもつながるものだったので特に原作からの改悪とかそういうのでもないのだけど(だいいちこうのさんとよく話し合って納得の上でつくってるだろうからそういうこともないだろうが)。





原作である「しあはせの手紙」の意味合いは多義的で難しくてそこで「死にます」と不幸を暗示されている「貴方」がわかりづらい。でも、たぶんそれは読者であり日常に戻ったすずさんでもあるのだろう。戦災という不幸と対比されるすべての人々。あるいは戦災にあった人々も含めたすべての人々。

不幸せの極地と思える戦災にあった人々に比して、ふつーの生活を送る人々はしあわせといえるだろうけどそういった人々にも死は訪れる。あまねく、平等に。あるいは死に比する不幸。死に至るまでの不幸。自分だけではなく身内を含めた死や貧困、疾病その他の不幸。我々はこういった「戦争もの」と呼ばれるような作品を読んだり見たりするとそのときには悲しんだり涙を流したりするけれどそのかなしみをすぐに忘れていく。ポップコーンや甘いジュースと一緒に「泣ける映画」として飲み下す。あるいは最初から「戦争もの」として興味を持たず劇場にも足を運ばず作品も手に取らない。それはヒト事だからかもしれないけれどそういった人々にもあまねく死は訪れる。死あるいはそれに比する不幸が。

その悲しみから想像した時、われわれはようやくにして戦災で不幸にあった人々の悲しみを理解できるのではないか?「理解できる」というところまで行かないかもしれないけれど、すこしでも自分に寄せて想像できるようになるのではないか?そういった我々の暮らしは日常の些細なしあわせのうえに成り立っているのだけれどささやかなしあわせを重ねているうちに死が訪れてくる。「歯は欠け、耳はうすく、耳は遠くなって」。周りのヒトはそれを「寿命だね。大往生だね。しあわせだね」と一般化する。

たしかにそうかもしれない。大変な不幸にあった人々と比べれば。まあそういうものかなあとわたしたちも一般化しつつも一般化しきれない悲しみがある。


でも、そういったわれわれのふつーの不幸も、戦時中の人々の大変な不幸も平等に不幸は不幸なのだろう。身内の、愛するものの死や不幸に際してわれわれは平等にかなしみ、喪失を抱える。

それと同じように、しあわせも平等に訪れる。現在から見ると幸福と呼べるのか?と思えるほどのささやかなことも、彼らと我らの生活のなかでしあわせの糧となっていく。


(晴れた日の縁側ですずめの声を聞きながらのおしゃべりや、たんぽぽの綿毛の舞う春の陽の午後のうららかさや、初秋の雲間のひだまりのぬくもりや、初冬の朝に寝坊した隣の人の横顔や…)

それらはこの世界の片隅に咲いたかけがえのないしあわせのカケラで、そういったものの積み重ねでわれわれの愛とぬくもりがつながれていく。

元の詞や「みぎてのうた」の歌詞ではそれらのささやかなしあわせは味わいそびれるものとされているけれど、それはそういったものが体験しそびれても良いほどのささいなものなのか?という反語的な表現なのだろう。同時に「貴方などこの世界のほんの切れっ端」も「いいや、そうではない」「いや、それでもね」という反語を呼び込む。

漫画的にはこの詞「貴方などこの世界のほんの切れっ端」という部分は戦災孤児がさまよっている場面に当てられ直接にはこの子が「世界のほんの切れっ端」ように表される。この子が拾い集めていた残飯の切れっ端のように。空腹と疲労と睡眠不足のなかでこの子がこの子であった記憶や過去や思考も切れ切れとなりもはや自分を保てるギリギリとなっている。そのような限界の情況のなかで「懐かしい切れ切れの誰か」の面影をこの子は発見する。おかあさんと同じ右手に。

「しあはせの手紙」ではこのあとには右手の言葉は途絶え漫画的な描写のみで展開されていく。すずと周作が広島に所帯をもつかどうかを相談している場面。そこにいつの間にか孤児がくっついてきて二人はこの子を連れ帰ることを自然と決める。「あんた、よう生きとってくれんさったね」と。

「みぎてのうた」的にはここを「だから、いつでも用意さるる貴方の場所」というあたらしい詞で受けて以下を順接につなげていく。

「わたし(あなた)という存在はそれぞれの人の切れ端の記憶、過去で構成されているものなの『だから』同じようにあたらしくそれぞれの人の記憶や過去から再構成されていくはずだ」という風に。つまり血のつながりにこだわらず愛とぬくもりをもってあたらしく家族を作れることを暗示していく。

漫画の場面では失った子供の代わりにあたらしい子を引き取ることへの罪悪感のようなものもすこしあったかもしれない。「どこにでも宿る愛」「あちこちに宿る切れ切れのわたしの愛」という右手の言葉がこの子を引き受ける場面に重ねられその慈善?を自己批判的に見つめる。あるいは、それはそんなに素晴らしい慈善活動とかいうわけでもなく人間の営みとしてふつーのことなんだよ?、というぐらいにフラットにしていく。


「貴方は死にます」といった右手の言葉は直接にすずさんにも向けられていて、それは「わたしなんかが生き残らなければよかったのに」(わたしが代わりに死ねばよかったのに)という思いを残したものだといえるだろう。右手はすずさんの想像力と同時にもうひとりのすずさん、明るく朗らかほのぼのしたすずさんとは別の現実的でシビアなすずさんの内面を表す。あるいは修羅としてのすずさん。無声慟哭を通じて開かれた修羅への扉。戦後、生きることを決めたすずさんの中にも未だ修羅の影やことばは残っていたのだろう。

その思いをあらたな愛が覆っていく。

道すがら偶然に知り合った戦災孤児を引き取ることを通じて、すずさんのその思いは覆われていく。すずさんだけではなくおそらくは家族の中にもあったその思いは。それらは消えることはないのだろうけどあたらしいぬくもり、色に覆われることでとりあえずはやりすごせる。

それらが最後の場面、呉の「わしらの家」にたどり着いて見上げた山と街の灯の場面に表されていた。そこに宿る街の灯は人のぬくもり ≒ 愛の象徴となる。



そういった生活を彩るのはすずめのおしゃべりやたんぽぽの歌となる。


「たんぽぽ」(作詞:コトリンゴ、作曲:コトリンゴ)


鷺(鳥)は水原さんを、たんぽぽの綿毛ははるみちゃんを想わせる。




いまあらためて原作を見返すと最後に見上げた呉の山と町並みの様子はゴッホの絵「星月夜」(starry night)にも似ている。元の詞の「例へばこんな風に」の後には右手によって描かれた星月夜風の呉の山並みが広がる。その後の言葉は孤児を家に連れて行った場面に重なっていく。

ゴッホの絵に似てるというのは映画の各場面を見ていても思ったことだったのだけど、おそらく原作のこの最後の場面から想像力を膨らませ演出されたのだろう。加えていうと「あの場面」は現代アート的にあの場面の心象を表していて共感できた。ゲルニカではなくアルヴィン・ペンクとキースヘリングの中間的な、傷ついた子供や身体障害者の心理をあらわしたような。というか、全体的に水彩とゴッホな感じで、そういった意味でこの作品はアート的にも見ていて気持ちのよいものに仕上がってるように思う。


現代アート的といえば「戦争中の暮らしの記録」の冒頭でもそんなことが書いてあった。


戦争中の暮しの記録―保存版 -
戦争中の暮しの記録―保存版 -


空から降ってくる大量の焼夷弾の白黒写真をして「(不謹慎だが)まるでアート作品のように見える」みたいなの。そういうのはこの映画のほかの場面でもあったように思う。「不謹慎だが○○だね」とか「空から爆撃されてるこんなときだけどわれわれの日頃の工場仕事の技術研究の成果がここに、、」みたいなの。ほんとの戦争中の暮らしというのはそういうもので現在から見てみょーにヘイワヘイワしたりセンソーセンソーしてた?と解釈するのの中間ぐらいにあったのだろう。




空から爆撃といえば戦闘シーンなんかは映画ならではの臨場感があった。ウーファーがビリビリ来てたりほかの構図にくらべてここはみょーに臨場感のある構図になってたり。そういった意味でも映画館で見る意義はあるのだろう。




あとは方言的なところのふつーさがよかった。広島のふつーの人の話す広島弁の感じ。すずさんなんかは一人称を「ウチ」というようなおとなしい、ぼんやりとした広島の女の子の様子がよく出ていた。ほかはふつーの広島の人な感じ。あとお義姉さんの方言の様子がよくでていたように思った。すずさんのほのぼのとした広島弁の女の子と対照的に、田舎の陰険なコミュニティの雰囲気を代表するような方言の感じ。稲葉菜月さんというかたが演じられたのだな。











こうの史代先生『この世界の片隅に』インタビュー  ネタバレ御免! 読者を震撼させた連載第33回「20年6月」の創作秘話に迫る!http://konomanga.jp/interview/32698-2














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2016年10月26日

河P直美、2007、「殯の森」



先日なんとなく再見してみたら以前に見たのと印象が変わっていた + わかりにくい映画なのでいちおこちらにもエントリとして感じたことを残しておこうとおもった。




殯の森 [DVD] -
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殯の森 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%AF%E3%81%AE%E6%A3%AE

殯(もがり)は日本の古代に行なわれていた葬儀儀礼で、死者を本葬するまでの期間、棺に遺体を仮に納めて安置し、別れを惜しむこと、またその棺を安置する場所を指す。「喪(も)上がり」から生まれたことばだとされ、類義語に荒城(あらき)がある。河瀬監督は物心がついたころ、亡くなった知り合いが動かなくなったことを不思議に思い、その後の経験を通して本作を構想し、生き残った者と死者との「結び目のようなあわい(間・関係)を描く物語」を目指したという






ふつーのあらすじの解説は他サイトからの引用に任せる。


映画『殯の森(もがりのもり)』ネタバレあらすじ結末【映画ウォッチ】
http://eiga-watch.com/mogarinomori/

山間の田畑の広がる風景の真ん中を通り過ぎる葬列。誰のものかは不明。老人ホームで働き始めた真千子とホームの老人たち。共に畑仕事などをしている時はもっぱらホームに入所している老人が介護師に指南している。帰宅するとお線香をあげる真千子。子供の写真が飾ってある。ホームに話をしに来た僧侶に、しげきが「私は生きているんですか。」と尋ねると、寝る食べるなどの肉体に生きているということと、生きている実感の有無による精神的に生きているということについて話す。習字の時間それぞれ名前を書く。真子と半紙に書き続けるしげきは隣で自分の名前を書いていた真千子の半紙の上から書きなぐり台無しにしてしまう。真子というのはしげきの妻で33年前に他界していた。僧侶は三十三回忌についてしげきに亡くなった真子さんはあの世に行ってもう帰ってこないと言うことを話す。他の入所者は生まれてくる前はどこにいたのだろう、など、それぞれに話をしている。


喫茶店で、真千子は元夫になんで(息子の)手を離したのか責められる。彼女が謝るものの、花瓶の花を投げつけられ、なぜ俺が生きていて息子が死んだのかと自分を責め、真千子を責めた。おやつの時間にしげきの誕生日を祝う面々、介護師の一人が彼に誕生日プレゼントは何がいいか聞くと、彼は真子と繰り返す。他の入所者は、真子が既に亡くなっている事やしげきに子供がいないことをそれぞれ話し始める。その夜しげきは自室でピアノを弾く彼の左側には在りし日の真子が座っており、生前二人で弾いていたであろう曲を、しげきは右手、真子は左手で弾く。しげきが躓く所を教え、彼が一人で弾き始めると、真子は去る。そこへ真千子がゴミ箱のゴミを集めにやってくる。しげきは近くに置かれたリュックサックに触れられたと思い、怒りのまま真千子をはたく。結果、真千子は手首を傷め、同僚が来るまで送ることに。車中、気落ちしている真千子に、こうしないといけないことはないのだと、彼女を慰めた。翌日ホームに出勤すると、しげきが庭の木に登って枝を取ろうとしてた。しかし、転落した彼は茶畑の方へ逃げていってしまう。それを追う真千子としげきは茶畑でしばしかくれんぼじみた事をする。昨日の事などなかったようにしげきは真千子に笑顔を見せた。


真千子の運転する車でしげきは山へ出かける事に。しかし道中の畦道で車が動かなくなってしまう。真千子はしげきに絶対に車から出ないように一人で待っているようにと言い含めて近くの民家に助けを求めに行くが、サイドミラーに映る真千子が遠ざかる姿を見ていたしげきは車から降りてしまう。車に帰ってきた真千子はしげきがいないことに焦り、無人の畑を探し回る。すると、しげきはスイカ畑の案山子の後ろに隠れていた。しげきは真千子に追いかけられるまま逃げた畑の脇道で転びスイカを割った。それを二人で食べた後、しげきは山の森の中へと入っていく。道なき道を行くので道が間違っていないか、大丈夫かと真千子は何回もしげきに問うもののどんどんと森の中へと行ってしまうしげきに、どこへいくのと問えば真子の所と答えるのみ。やがて携帯電波の通じない所まで来てしまい不安になる真千子は、同じ場所をまわっていないかと苛立ち始める。すると、森のぬかるみでしげきが転んでしまう。彼を起こしながらちょっとでいいから休もうと提案するが聞こうしないしげきに、自分より大事なの?と、背負われた重たいリュックを掴むが、そんな真千子の心配は露知らず雲行きが怪しい中、しげきは森の奥へと進んでゆく。そして雨が降り出し森の中に小川が出来る。真千子は渡ったらいけないと止めるがしげきは渡ってしまう。するとごく小さな鉄砲水が起きる(おそらく水難で息子を亡くしたと思われる)真千子は「いかんといて!」と泣き叫んだ。真千子の声にしげきはやっと振り返り小川を渡りうずくまった彼女のもとに戻る。


森の中で焚き火をし夜明かしをする二人。しげきは、よかったな、さむかったな、あったかいなと繰り返し、やがて火のそばで横になる。心配になった真千子はしげきに声をかけお茶を飲ませる。寒さに震えるしげきを抱きしめてさすりながら、生きてるんだなといいながら夜が更けていった。翌朝、目をさましたしげきは森の中に真子のすがたを見つけ、二人で踊る。そんなしげきを起きた真千子が見つめる(真千子に真子は見えていない)。再び歩き始めた二人は森の中で縄の巻かれたご神木らしく樹齢のいった木を通り越しさらに奥へ進むと、墓標のように突き刺さった棒に行き当たる。しげきはそこでリュックからオルゴールと妻の死後記していた日記をリュックからとりだし、棒のそばに穴を掘り始める。真千子は手渡されたオルゴールを回していたが、しげきが地面を掘るのを手伝う。そして、掘った穴の中に自ら入り蹲るしげきを真千子は撫で再びオルゴールを鳴らし始める。「殯」についての数行の辞書的説明の後、エンドロールへ





先立たれた妻への思い?で精神を壊しそれでもなお生き続けているしげきさん、と、息子を死なせたことに罪悪感を持ちしっかりと別れ/かなしみ/悼みを果たせないまま抜け殻のように生きる真千子。あるいは硬い殻をかぶって心を閉ざして。


「やらなくちゃいけないことなんてないのよ?」


どこか生きづらそうな真千子に先輩職員がいう。

それは同時に「やっちゃいけないことなんてないのよ?」を含み、段々と真千子を解放していく。しげきの逸脱した行動に導かれて。

森のなかでの遭難、大雨の中での鉄砲水を通じて真千子は自らのトラウマとなった場面を追体験し感情を吐き出す。それは真千子の心への鉄砲水となって殻を壊していく。あの日からきちんと泣けなかったこと、泣くことさえ許されなかったこと。

あるいは目の前で精神を壊してもなお変わらぬ妻への愛と悼みを示すしげきの様子を見て、そしてそれを手伝えることに自らの存在意義を見出していく(しげきへの「ありがとう」という言葉にはその気持が込められている)。

泣いてかなしみを吐き出せたことが真千子のもがりの契機となっていく。



しげきのほうに感情移入しにくかったのだけど、それは「精神を壊して空虚に生きる」「情緒と認知が断続的になっている」ということがリアルに表現されていたからかもしれない。

そんなしげきが最後の場面、妻と、妻への思い出という自らの心の最後のよすがを埋めるための掘る場面ですこしだけこの人物の内面がわかったような気がした。進撃の巨人の巨人たちのようにあらぬ目線で笑っているような表情をしつつ一心不乱に土を掘るしげき。妻への思い出だけで生きている男が妻への思い出のよすがを「埋める」というとてもつらいはずの場面。しかし、しげきはもはやかなしみや怒りさえ一般的な形式として表現できなくなっている。だから笑っているような表情にも見える。それでも妻への思いだけは残っていて、それだけで生きている/かろうじて生かされている男の様(「わたしは、生きているんでしょうか?」)。そしてそれさえも土に埋めてもがりを完結させようとする。もがりが完結すれば、妻との思い出を閉じればもはや自らが地上にとどまる必要もなくなる。自ら掘った穴に入りうずくまるという行動はその気持の表れと言える(「これでもう、いいよなぁ?」)。


そういった内面が垣間見えたように思えた。







そうはいっても全体的に説明不足な映画なので一般には理解しがたい / この解釈もあってるかどうかわからないだろうけど、少なくとも似たような体験をしたひとには伝わるような質量を持った映画だったといえるように今回再見しておもった。


まあとりあえず茶の畑でのおいかけっこが天国の光景のようで印象には残ると思う。




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2016年09月28日

「相撲の歴史」




なんでこれ読もうと思ったのか思い出すに「古流相撲の源流の部分に四股やテッポウなどのトレーニングの本来の意味・狙いも見いだせるのではないか?」とおもったからかなあと思うのだけど結果的に当ては外れつつけっこうおもしろかった。


相撲の歴史 (講談社学術文庫) -
相撲の歴史 (講談社学術文庫) -


今思うとこれがアンテナに引っかかったきっかけのエントリでもそういったことは書いてあるな。すくなくとも相撲、あるいは相撲の鍛錬の技術的なことについては触れてない。


新田一郎『相撲の歴史』 - 中国武術雑記帳 by zigzagmax
http://zigzagmax.hatenablog.com/entry/2016/05/23/002304



全体としては明治以降、現在のような近代相撲となる以前の相撲の歴史・源流について歴史学・民族学などの成果を引用・援用しつつ述べたもの。

かんたんにまとめると相撲は最初、平安貴族かなんかの前で奉じる相撲節(会)(すまいのせち)から発展していったぽい。それ以前にも「神に捧げるもの」としての意味合いがあったので貴族が余興として鑑賞するようになったというとこもあるかもだけど。「神前に奉ずる」な流れはその後もずっと神社の前での相撲大会として残っていった。それは現代も残ってて地方のいわゆるアマチュア相撲的なものはそういったものなのだろう。相撲はもともとそういった貴族、あるいは神社で奉ずるものだったのだけど神(社)に奉ずるときは勧進のひとつとして行われていた。勧進自体は日本の企業(カンパニー)的なもののもっとも古い形態ともいえるだろうけど、資本主義的な貨幣経済が発達してなかった時代、「集団でなにかをつくる」←「お金を集める」名目としてもっとも強力だったのが勧進だった。すなわち神社の建築とそのためのお金集め。勧進においては人を集める余興が必要でそのひとつとして相撲が使われていた。その後しばらくして武家なんかがお抱え力士をつくって力士サポートするところもあったようだけど、その時代にも地方での神社前の相撲興行的なものは並行して続いていった。


江戸期は江戸に専門の相撲人・相撲部屋が作られ神社以外の場所でも恒常的な相撲興行が行われるように。そういったプロ力士たちは武家なんかのバックアップも受けていた。江戸期の興行の代表的なものは江戸以外に京都・大阪なんかで、四季の各季節ごとに行われていた。もともとは相撲は地方神社での興行がメインだったけど江戸に専門の部屋ができるようになってその中心は江戸に移っていった。



だいたいの流れはそんな感じで後半は読み飛ばしでいいかなあとおもってたのだけど明治以降の近代化において相撲がどのように生き残っていったかのあたりの叙述がけっこうおもしろかった。相撲の「日本古来の伝統」的なフィクションはこの時代に作られたものらしい。明治政府による「富国強兵にいらない余興は必要ない」に対して。髷なんかも切るように命じられたようだけどこの「伝統」をかかげてなんとか回避したとか。あと天皇への上覧が効いたとかなんとか。そういう形で国に依る「伝統文化」的なバックアップを受けて相撲は生き残っていった。



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「習得への情熱―チェスから武術へ」


なんでこれを読もうと思ったのか、honzのレビューで気になって「( ^ω^)・・・非体育会系でまったくスポーツ経験なくてもやり方によっては年取ってからでも武術を極められるものなのかあ。。」というところに希望と目標・参考を感じたからかさだかではないのだけど予想外におもしろかったのでエントリに残しときたいと思いつつなかなかエントリできずにいた。



習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法 -
習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法 -


honzのレビューでは『「一つを極めることで、他の物事も理解できるようになる」習熟の過程を綴った本だ』とまとめられておりそれも間違いではないのだけど自分的にはちょっと違うかなと想った。


一つを極めれば、他は自ずと理解できる『習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法』 - HONZ
http://honz.jp/articles/-/41738


全体的には発達過程における教育学、あるいはコーチング的なものへの関心を綴ったものであり、チェスのマスターになってからはパフォーマンス心理学など行動心理的なところでのパフォーマンスの反映についての関心から綴られている。それは「天才だからできた」という話でもなく一般的にも通じる習熟と持続的なパフォーマンスの発揮の話のように思えた。そういったものの中でも具体的な関心としてエキサイティングだったのがゾーンのコントロールの部分だった。ゾーンというのはプロスポーツなんかで注目されるようになったあの「ゾーン」で一定の分野に通じた人、多くはプロスポーツ選手なんかがある特定の場面で集中力が異様に高まり時間が止まったように感じられる状態、あるいは対戦相手が止まったように感じられる状態のことを指す。その状態に入れば高次のパフォーマンスを発揮できるわけだけどその多くは偶発的に生じるもので自らそれを発動しようと思って発動できるものではない。ジョシュはチェスの大会のときに何度かこの状態を経験しこれを意識的に発動できるように試みることにした。結果的に統制し発動できるようになったそれを彼はソフトゾーンと呼んでいたけど、それはいわゆるゾーンともまた違った高度のパフォーマンス発揮状態なのかなあ、とか。でも、パフォーマンスを高いレベルで発揮できるようになる / それをコントロールできる、ということでは参考になるように思う。


具体的な方法としては複雑な操作過程を半ば無意識に行えるようになるほど繰り返し習熟することで意識リソースが必要な範囲を狭くしていく、というもの。彼はそれを「円を小さくしていく」「より小さな円を描く」として表現している。

これは自分も似たような状態を体験したときに経験したことだなあと納得できる。その上で普段よりもより高い緊張を強いられるような情況に投げ込まれ脳がフル回転することによってゾーンが発生するのだろう。火事場の馬鹿力的に。




なんかさらっと書いてしまったけどこの本自体は表紙も含めて美しく、気持ちの良い読後感がある。才能が目覚める過程への環境 / 周りの人の支え / コーチングなどの部分だと「グッド・ウィル・ハンティング」のうまくいった版なんかを想わせて。

あるいは黙々と巧夫を積み、習熟していくことの探求と喜びに。しずかに透き通っていく感じに







ボビー・フィッシャーを探して [DVD] -
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posted by m_um_u at 15:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2016年08月13日

「男子の貞操」




この辺を見てて読んでみようと思ったのだった。


「風俗」と「射精介助」、どう違うのか?<障害者にとっての<性>と<生>を考える>上野千鶴子/坂爪真吾 - 幻冬舎plus
http://www.gentosha.jp/articles/-/5920

貧困女子の生態を消費するブームに乗っかっている自覚は、おあり?<障害者にとっての<性>と<生>を考える>上野千鶴子/坂爪真吾 - 幻冬舎plus
http://www.gentosha.jp/articles/-/5996



上野さんは元指導教官ということもあり、あるいは彼女の性格とかマッチョ女性的な考え方もあるのでフルボッコ的な言い方をしてるけど。その中でも「男子の貞操」と「性風俗のいびつな現場」はおすすめされてたので。「性風俗のいびつな現場」は次回以降の読書とする。関連で荻上チキさんの「彼女たちの売春」なんかも読んでみても良いかなと文末の関連図書付録を見つつ思った。








「インタビューで興味を持った」以外に、この本を読んでみようと思ったのは男性のセクシャリティみたいなのをきちんと語る、考えるという意味で興味を持ったので。そういうのはこのblogの依然としたテーマの一つであるし。

フェミニズム-女性学みたいなものに対抗して?たてられた男性学みたいな語りがあるのだけどなんかしっくりこない。どうも弱者男性論と接続してみょーにねじれた感じになって。あるいは、フェミニズムを批判しつつもフェミニズムの悪い部分を踏襲したようなポジショントーク的な感じがするので。そういうのに対して、もうちょっとスッキリと自身のセクシャリティとかリアリティを俯瞰できないかなあ、と。「男もつらいよ」的な語りはそれを中立に行った後で良いだろうし。

その意味でこの本は完璧、というわけでもないけど同じような視点とか問題意識にあるのかなあとか。女性なんかが男性のこういうのを知ろうとするときには良いかもしれない。「感じない男」的な男の子の性意識に関する内情語りとして。


森岡正博、2005、「感じない男」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/52482268.html





ふたたび「男子の貞操」について。結論からいうとちょっとお利口ちゃんにすぎるかなあという印象だった。自分的には。

大意としては、<男子のセクシャリティ、性に関する欲望なんかはだいたいが現代社会のエロメディアの価値観に汚染されてるので、それをまず相対化し、目の前の『ふつー』の女性との日常行為としてのセックスに戻るべき>、というもの。「エロメディア的な価値観はジャンクフードみたいなもの。ジャンクフードはやめてもっときちんとしたセックスをしよう」「女性との付き合いはその社会、コミュニティにおけるふだんの関係性の結果でありそのボーナスようなものなので焦らなくて良い」とか。後者はたとえばその職場・コミュニティできちんと仕事してて関係ができて尊敬されるようになってくれば付き合いは自然発生する、みたいなの。

まあそりゃそうだよねー、って感じなのだけどジャンクフード食べるのってそんなに悪いことなのかな?ッて感じに。食をめぐる価値観にも通じて、すべてを手作りスローセックス・スローフード的な自然食みたいなのにするのも宗教がかってるというか、まあ手間もかかるし飽きっぽくなる。なのでそういうのも選択の一部として選べればよいかなあって結論。食べ物うんたらと同じく。


阿古真理、2013、「昭和の洋食、平成のカフェ飯」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/424606203.html

遠藤哲夫、2013、「大衆めし 激動の戦後史」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/425007585.html



んでもまあこういうのも世間一般のエロ、あるいはグラビア的な男性欲望・価値観のステロタイプに汚染されたひとがみるとそういうのが相対化されてよいのかもしれない。


そんなこといいつつ今日もAmazonアンリミテッドでゴミのようなエログラビアザッピングとかするわけだけど?( ・?・)? ?? 。○(まあでもあれもおやすみ前のちょっとした「お楽しみ」があの程度で済むようになって便利っちゃ便利なんだけど(最近は筋トレで疲れさせてさっさと寝ちゃえ、にしつつ
















セックスの哲学 - Wikipedia

セックスの哲学(英: Philosophy of sex)とは、セックスや性愛に関する研究を行う応用哲学の一分野である。売春、レイプ、セクシャルハラスメント、性的アイデンティティー、同意年齢、同性愛のような現象についての倫理学的考察や、「セックスとは何か?」のような問いに対する概念分析が行われている。また、セクシャリティや性的アイデンティティーにまつわる問いや、ジェンダーの存在論的地位についての問題も扱う。現代のセックスの哲学者として代表的な人物には、アラン・ソーブルとジュディス・バトラーがいる。

現代のセックスの哲学は、西洋フェミニズムの影響を受けている場合が多い。フェミニストが問いただしているジェンダー間の差異、性の政治学(ポリティクス)、また性的アイデンティティーの本性といったテーマは、セックスの哲学においても重要な問題となっている。







上野千鶴子、1989、「スカートの下の劇場」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/388711171.html

「恋愛とセックスの経済学」 / 「家父長制と資本制」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/427900360.html

意味―性―愛: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414101268.html

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2016年08月10日

シン・テッポウ? / 対膝痛トレーニングとしての四股とスクワット


以前にした四股・テッポウエントリの続き的なものとして


四股やら腰割りやらとウォーキングやらランニングやらについて: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/437377800.html


テッポウと膝関連で進捗?あったので経過報告的に。



テッポウについてなんとなく最近わかるような感じになってきた。「わかる」っていうかこれが正しいのかわからないけど効果として実感できる感じ。

ポイントとしては単純でテッポウの開始位置のときの壁に手を当ててるとき、掌をできるだけ壁面から離し、人差し指の付け根辺りだけで体重を支えるようにする、「付け根あたりだけで」っていっても壁面を使った斜め腕立てみたいな体勢になってるから足でも体重を支えてるんだけど、感覚としては「指付け根だけで」って感じ。指の付け根で相手を喉輪してるような。壁面についた指と指の付け根の角度が90度になるように。

ここから「落とす」ように始動することでぜんぜん効果が変わる感じ。全体重が確実にかかってる感じでウッと声が出る。寸勁とかと似た感じの理合いなのだろうか?この荷重を肩甲骨剥がしに利用する。


肩甲骨はがしストレッチ 首、肩、腰の痛み、体の不調が消える! -
肩甲骨はがしストレッチ 首、肩、腰の痛み、体の不調が消える! -

肩甲骨剥がしはよくわかってなかったけど要するに「肩甲骨というのは鎖骨だけでジョイントされてるものだけどほうったらかしにしてると肉に埋まって機能しなくなってる(ので肉から剥がして可動域を広げる)」というもの。

「鎖骨だけでジョイントされてる」というのを解剖図的なので見せられ意識するようになるとテッポウで荷重をかけるときにもどこまでやって良い / やるべきかがイメージされていい感じになった。





膝関連は四股とかスクワットで。




以前のエントリにも書いたかもだけど膝を痛めているので四股に期待してるのは炒めてる膝でもできるような足に負担をかけない筋トレあるいはストレッチということで、じっさい四股を意識してするようになって膝の調子がよくなっていた。でもその理由がよくわからなかったのだけど、今回Amazonアンリミテッド経由などで膝痛に関する本をブラウズしてみて膝痛の原理みたいなのを理解し、四股踏んでるとなぜ膝痛が緩和したのか?も理解できた。



膝、復活: 立つ、座る、歩く、人生の晩年は、膝で決まる (片寄斗史子聞き書きシリーズ―100歳までいきいき生きる国民医のアドバイス) -
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膝痛にも色いろあるのだけど要するに大腿骨と脛骨が直接にこすれて神経が刺激されるのが膝痛で、大腿骨と脛骨のあいだのクッションがなくなっていくのが原因。高齢化にともなって生じるのはそういうのだけど、自分の場合は故障で生じた。たぶん膝の内側靭帯か半月板が損傷してる。O脚だとこの辺を損傷しやすいらしい(日本人の大部分はO脚)。なので、この部分を再生、あるいはなにかクッションを入れる必要があるのだけど、膝痛系でよくみる「膝を伸ばすようにしなさい」というのはここに潤滑液をためるためなのだそうな。そうすると車なんかにおけるハイドロうんたら現象と同じ感じで潤滑液がクッションになる。あるいは潤滑液自体に軟骨なんかの再生作用があるらしい。スポーツをして膝を傷めた人で「膝に水が貯まる」とかいうのもこれのことらしく、危機察知した身体の過剰反応として潤滑液を出しすぎて「水が貯まる」ということになるらしい。なのでそれ系のひとたちは水抜きとかする必要があるのだろうけど、そこまでいってない場合はふだんから膝抜き / 伸ばしをして潤滑液をためたほうがいいみたい。


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やり方としては簡単で、いちばん簡単な座ったままできるものとしては膝振り子運動というのが紹介されていた。まあ座った状態で足をブラブラさせるのを50回ずつ3セットぐらい繰り返すというものだけど。自分的にはこういう構造を理解したうえで四股とヒンズースクワットを日課とすることにした。


膝痛の対策のもう一つのものとして「膝周りを補強するような筋肉を強化する」といわれるのだけど大腿四頭筋が膝の最強の装具なのだそうな。大腿四頭筋、つまり太もものアウターマッスル部分全般。

四股なんかだとインナーマッスル意識だったけど今後はこの辺も意識してやっていく。具体的には振り上げ足のつま先をすね側に縮ませることで大腿四頭筋に効かす。これも膝振り上げ運動の一環として紹介されていた。その際、かかと親指をきちんと意識して使う。O脚なんかの悪いところは脛の構造的に足の外側に体重をかけがちになってしまうことで、歩くときにもきちんとかかとで着地し親指で蹴りだすようにしたほうがよいのだそうな。ここに体重が一直線に乗るように意識して。そいやちょっと一休みの時に足を交差させて立つ楽だったりするけど、あれもO脚だからなのだろう。両足の外側に体重をかけやすいので自然とそういう体勢をとってやすみやすいようにしてる。そういう体制をとってる人がいたらO脚ということなのだろう。




ヒンズースクワットはただしくやるとこういうのに効果するらしくやり終わった後に膝が抜けてる / 伸ばされた感じがする。体重を落とすときに膝に負担がかかり過ぎないか心配だったけど正しくやるときには前に伸ばした腕によってバランスをとるため膝への荷重にはならないぽい。体重を落とすときにはできるだけ後ろに、膝に負担がかからないように意識してかかとに落とす。なんだったらつま先が浮くぐらいでやってる。





全体としては大腿四頭筋に効く。ストレッチ的には膝を伸ばし、筋トレとしては大腿四頭筋に効く。





あとはカーフレイズなんかで鍛えにくい脛・ふくらはぎを。フィニッシュの時にかかとが下がるぐらいの段差があるとこでやるのが良いと見たのでそういう感じでやってるけど足裏に痛いのでマット敷いてやってる。



全体的にストレッチ重視できちんと伸ばしたあとに筋トレ的な感じ





posted by m_um_u at 20:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2016年08月09日

シンゴジラが壊したものはなんだったのだろうか?




シンゴジラについて。もうちょっと評論めいたことを書きたい(思考したい)、あるいはそういったものを読みたいとおもっていたところでこのエントリで刺激されてなんか書きたいと思ったのだった。

希望の時代の中で―『シン・ゴジラ』雑感 ≪ SOUL for SALE
http://blog.szk.cc/2016/08/01/in-the-hope-age/


書き方は異なるけど似たようなことを思ったのだろう。つまり、「ゴジラというものは何の象徴だったか?」そして「それは現代でも通用するものなのか?」


「ゴジラってなに?」というとビキニ環礁の核実験から生まれた怪獣で、文明の負の遺産でありシステムに対する怒りであるってかんじなのだけど、それがリアリティをもったのはそういったシステムが戦後のカタストロフの中から立ち上がり構築されていった時代だったのだろう。

最初に構築されたシステムなのでスマートでもなくさまざまな問題を抱えつつ乱暴で暴力的で、それがゆえに市民の生活の方に問題が溢れていった。公害問題とか。

なので初期のゴジラは具体的には公害の象徴的なものだったともいえる。まあシステムの圧力によって生まれた問題の代表的なものが公害だったのだろうからそれだけがゴジラ的なものに代表・象徴されていたわけではないだろうけど。

この時代の人々がゴジラ的なものにマンゾクした背景にはそういったものがあったのだろう。逆らってはいけないオカミ的なシステムに暴力的にNOをつきつけていく存在。力道山と白人レスラーの関係にも同じ。

ただ、彼らがそういったイデオロギー的な理由から作品を鑑賞し満足していたかというと単に目に映る怪獣の光景が新鮮でおもしろかったからというのもあったかもしれない。プロレスも当時は斬新で刺激的な暴力ショーだったのだろうし。

ゴジラのリアリティの初期というのはそういったものだったのだろう。未だ怪獣のリアリティが通じていた時代。

そういったリアリティ、未だ消費財的なものが新鮮で、コンテンツ的にも新鮮なものがあふれていて、未だ見ぬ未来の発展をいずれ来るものとして信じられていた時代のリアリティ。初期から中期にゴジラ映画を愉しめていた背景にはそういったリアリティがあったように思う。

しかし、そういったリアリティも必要な耐久消費財が整い、物があふれ、あらゆるものが新規性を失い、退屈でシラケたものになっていった。いわゆる後期近代であり不可能性の時代へ。われわれは未来を信じる可能性を失っていった。

ゴジラ的なもの、あるいは怪獣的なものやSF的なものはそんな感じで、予定調和されシラケきった現在-未来の中で一般の人には受けるはずもない不可能性を抱えている。一部のヲタとかなら別だろうけど一般には「ゴジラなんか怪獣映画きょうみなーい」というのがふつーの反応になる。

ただ、今回の「シンゴジラ」が評判をもって受け入れられたのはそういった怪獣映画の系譜を継ぐものではなく、ゴジラを背景にした人間ドラマだったからだろう。われわれがなかなか見ることのない官庁の専門職の人々の様子。そこには未だ優秀で信じられる人間がいるということにリアリティをともなった希望・胸熱を感じ、あるいは311では到達できなかった未来を垣間見せられたことでカタルシスを感じられた。


(怪獣映画という)不可能性のなかで未来への希望を感じられる可能性が生まれた。


それはかつて楽天的なSFのように望まれた<未来>とは異なった、シビアな現実主義の時代を通り抜けた上でのかすかな<希望>ということだろうけど。ただ、その「希望」も過度のロマンティシズムに基づくものといえる面もある。




ついったでは何度か言ってたけどシンゴジラのストーリーラインというのは自分的にはそんなに斬新でもないのだけどなんかみょーに持ち上げられてるの見るとうーんてなっていた。

庵野秀明・樋口真嗣、2016、「シンゴジラ」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/440705100.html


好きだし面白いと思うんだけど稀代の傑作みたいな言い方されてるの見ると。。(まあ人の評価とか印象はそれぞれだから良いのだけど一般論じゃないよねソレってかんじ。ヲタ的な怪獣とかウルトラマンとかの特撮の系譜を踏まえた上でのオマージュ-お約束、と、そのうえでの自衛隊他のヲターマニア心くすぐるアレのあたりはわかるし、内閣府あたりの骨太描写もその一つといえばそうなのかなあと思うのだけど。あれってここ最近人気の「日本はまだまだやれる」系の企業ドラマの描写の仕方のように思える。「下町ロケット」とかそういうのと同じような(或いはソレに属する「龍馬伝」的なのと同じような)。それと311を想わせるものをからませたので思ったよりカタルシス(あったらよかった現実)になって一般的なとこに遡及したのかなあとは思うのだけど。「ALWAYS 三丁目の夕日」がハイパーリアリティ的な昭和ロマンティシズムといわれびみょー感持たれるのと同様、一連の企業ドラマってそういうのの系譜なんだとおもう。




「趣都の誕生」を読んでいると都市の建物というのはその時代、その都市の人々の未来観を反映するものだという。

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ -
趣都の誕生 萌える都市アキハバラ -


「未来」でありその時代環境の欲望や理想を体現したのが都市の建物のデザインということになる。

ただ、オフィスビルの外観というのはある時から時間を止めているらしい。ほとんどはレイクショアドライブ・アパートメント様式になってる。看板方式でシュッとした長方形のガラス張りのビル。ルードヴィッヒ・ミース-ファンデルローエのデザインなのだそうな。団地に共通するデザイン(ユニテ・ダビタシオン)の元はル・コルビュジエだとか。




そういったビル、都市計画というのは官の主導であったが、だんだんと民も加わっていった。いわゆる森ビルとか、あるいは渋谷や池袋への西武の出資とデザインとか。都市デザインの官から民への時代。

アキハバラはそういった都市ビルのデザインの進歩を無視し、そんなに魅力のないビルに個々人の趣味としての垂れ幕がテンプレされていった。その意味で都市デザインは官→民の時代を経て「個」の時代になったとか。まあそれはデザインされたものではなくデザインを放棄した場にバラバラの趣味が表出され趣味と趣味がリンクされたという程度なのだろうけど。

シンゴジラの終盤、ゴジラを囲んでいた高層ビルは未だ建てられていない建物なのだそうな。それをCGでつくりだし破壊しゴジラに浴びせかけた。そのゴジラもまたCGでつくられたものだった。

そのことを象徴的に読みとると、われわれはもはや現実へのリアリティを失い、あるいはCGのなかでに期待される先取りされた未来をさえなんだったら破壊して差し支えないほどの決断力を有したといえる。それをモッタイナイと躊躇するのではなく、その期待に思考停止するのではなく。

かつてゴジラやモスラが壊したもの、あるいは壊そうとしたものはその時代のシステムであり未来の象徴だったはずだけれど、シンゴジラでゴジラがが壊したものはなんだったのだろうか?

未来、ではあるけれどけっしてゴジラなどの虚構の存在を通してしか破壊できないようなシステムと直結した構築物としての未来、ではない、なんだったらわれわれの決断によって破壊し修正できる未来。

それは「ゴジラが壊した」、のではなく、「われわれが壊した」のだった。

そして、

だからこそわれわれが建てなおしていける      
                    











                       のかもしれない





















8月6日  /  意味のテンプレ|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n8c315a1d618d

posted by m_um_u at 22:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク