2016年11月30日

片渕須直、2016、「この世界の片隅に」



時間があったのでようやく見てきた。



この世界の片隅に コミック 全3巻完結セット (アクションコミックス) -
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[まとめ買い] この世界の片隅に (アクションコミックス) -
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原作は読み込んでいたし映画館でみることにそんなに意義を感じない(むしろ不快に思う)性質なので最初はどうしようかなあ時間が合ったら行こうかなあ自分的にはタスクとなるのだろうしというお参り的な行事感覚だったのだけどついったのTLほかで評判が良いのを傍目にしてると行ったほうがいいな/行きたいなが強くなっていき本日時間も合ったので行ってきた。

結論からいうと素晴らしい出来で大変満足だったし映画館で見る意義も感じた。

ストーリーとしては知っていたのでその部分では特にいまからどうこういうこともないのだけど映画版と原作では編集や解釈の仕方によって意味合いが変わっていた部分もあったので後でなんか言ったり言わなかったりするかもしれない。まあそこは枝葉なので特にいう気分でもなければ書き留めないだろうけど。

あらすじ的にWikipediaを引用しようかと思って覗いたらおもったよりネタバレしていたのでいちおやめとこう。自分的にはネタバレはそれほど気にしないのだけど、この作品の場合はかなりネタバレしないほうがよいように思う。だいたいの宣伝や紹介のところでも「あの場面」については伏せてるし。ただおおまかな流れとして、

1944年(昭和19年)、絵が得意な少女浦野すずは広島市江波から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。戦争で物資が不足する中、すずは不器用ながらも懸命にささやかな暮らしを守るが、軍港の呉はたびたび空襲を受けるようになり、1945年(昭和20年)6月、すずも爆風で負傷する。見舞いにきた妹のすみからお祭りの日に帰ってくるよう誘われるが、その当日8月6日、呉では閃光と轟音が響き、広島方面からあがる巨大な雲を見る。8月15日、ラジオで終戦の詔勅を聞いたすずは、今まで信じていた日常を裏切られたくやしさで泣き崩れる。翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、祖母の家に身を寄せていたすみと再会。両親は亡くなり、すみには原爆症の症状が出ていた。廃墟となった市内で、すずはこの世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝しながら、戦災孤児の少女を連れて呉の北條家に戻るのだった。


(一部改変)



物語の全体の雰囲気は牧歌的で凡庸な日常的な風景で進んでいく。こうの史代作品に親しんでる人ならおなじみのぼんやりとほのぼのとした風景と空気感。アニメで表されたそれはホーホケキョとなりの山田くんの空気感に近いように思う。

長い道 (アクションコミックス) -
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作品の大部分を覆うぼんやりとした雰囲気的には佳作的な作品のように思う。まあこの日常性の表現が「あの日」「あの場面」との対比として効いてくるわけだけど。




すっ飛ばしてアニメ版ならではと感じたところについて語ろう。

冒頭からだとやはり海の風景が良かった。現在だと残されてないような「海が引けると江波から草津まで歩いていけた」という場面。広島に生まれた現代っ子はこういう光景は見ていないので知識として知ってはいてもあらためて映像として再現されているとおおっと思うものがあったし分かりやすかった。ちなみに江波から草津というのはこういう感じで


eba.jpg


東京周辺の感覚だと横浜からみなとみらいとか中華街ぐらいまでの片道2〜3km(往復4〜6km)の距離と思ってくれて良いと思う。あのへんの湾が引けてショートカットで歩いていってる感じ。

あるいは少しまえにやっていたブラタモリ広島の回なんか見てるとわかりやすい。広島はもともと川が海に当たる三角州、干潟的なところが大部分だった土地でそこを埋め立てて拡張していった。なのですずたちの住んでいた江波のあたりも海に突き出た場所になる。埋め立ててあるので周りは川で囲まれていて「海」って感じでもないけど。地図からの俯瞰的には軍艦のようにも見える。

ブラタモリ広島回の流れ的にはこのあとに再現されていた「川を舟で交通し雁木から上陸する」あたりもおおっとなる。舟から見上げる橋の大きさと影。ちなみに雁木はいまでも広島にあってふだんは川付近まで降りて眺める階段的なものとして利用してる。最近は雁木タクシー的なものがふたたび出てきて船着き場としての役割を取り戻しだしたようだけど。


原作と比較してのアニメーション作品としての特徴として、最初に気になるのは色味と音楽の雰囲気、全体の構成、構図となる。

全体の構図やキャラクターの表し方は大部分が原作通りで違和感がなかった。そこに水彩的?な色味が付されていた。となりの山田くん的な、ぼんやりとした色味。物語としてもぼんやりと平和に進んでいく。上・中・下の3巻構成の原作的には上巻、中巻まではそのように進んでいく。ほかの作品と比べた場合の見どころとしては「戦争中の広島のふつうの人々の暮らしぶりがわかる」ぐらいの。あるいはそこにこうの史代作品的な情緒・情感的なエピソードが加わっていく。直接的ではない恋慕の念とその表現とか。淡い恋心とすれ違いとか。この作品の具体的にはすずさんと幼馴染の水原さん、夫になった周作さん、夫が心を通わせていた?疑惑のりんさん辺りをめぐる関係性。このあたりはこうの史代作品だなあという感じなのだけど映画的にはだいたい割愛されていた。その分エンディングのクラウドファンディングに協力してくれた人紹介のおまけアニメーションとして再現されていたけど。あの部分は「わかっている人」「原作を愛していた人」たち向けのおまけアニメーションとして秀逸だなあとおもった。貝殻の紅から描かれるところもいかにもリンさん的なものを表すのに相応しくて。



音楽的には全体の雰囲気をコトリンゴの声が彩っていく。




劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック - コトリンゴ
劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック - コトリンゴ


コトリンゴって名前はしっていても意識して聴いたことがなかったので今回Wikipediaを見て「ああ、キリンジ系の」て変な納得をしてしまった。TVアニメ「幸腹グラフィティ」の曲も担当してたようなので今回のものにも合ったのかなあとか思う。

コトリンゴによる「悲しくてやりきれない」が主題歌として使われてるらしいと見たときに「ああ、そういう手もあるかもなあ」と思った。EDとしてあの歌を使うのはありだなあ、と。でも実際に見てみたらそれはEDとしてではなく序盤からだった。EDはこの作品用の書き下ろしぽい「たんぽぽ」となる。




EDというか、この作品の主題歌は「みぎてのうた」になるのだろう。主題歌であり原作も含めたこの作品のカーネル的な部分。原作的には最終回である「しあはせの手紙」まで含んだ内容が「みぎてのうた」の歌詞となる。


「みぎてのうた」(作詞:こうの史代・片渕須直、作曲:コトリンゴ)

元の詞「しあはせの手紙」は以下となる。

元の詞から「不幸の手紙ではありません」あたりを省いた「真冬というのになまあたたかい風が吹いている」からはじまっている。



突然失礼致します

此れは不幸の手紙ではありません

だつてほら眞冬と云ふのになまあたゝかい風が吹いてゐる
時をり海の匂ひも運んで来る

道では何かの破片がきらきら笑ふ
貴方の背を撫づる太陽のてのひら
貴方を抱く海苔の宵闇
留まつては飛び去る正義
どこにでも宿る愛
そして いつでも用意さるる貴方の居場所



ごめんなさい

いま此れを讀んだ貴方は死にます




すゞめのおしゃべりを聞きそびれ
たんぽぽの綿毛を浴びそびれ
雲間のつくる日だまりに入りそびれ
隣りに眠る人の夢の中すら知りそびれ
家の前の道すらすべては踏みそびれ乍ら

ものすごい速さで次々に記憶になってゆくきらめく日々を
貴方はどうする事も出来ないで
少しづつ 少しづつ小さくなり
だんだんに動かなくなり
歯は欠け 目はうすく 耳は遠く
なのに其れをしあはせだと微笑まれ乍ら

皆が云ふのだからさうなのかも知れない
或ひは單にヒト事だからかも知れないな
貴方などこの世界のほんの切れつ端にすぎないのだから
しかもその貴方すら
懐しい切れ切れの誰かや何かの寄せ集めにすぎないのだから



どこにでも宿る愛

変はりゆくこの世界の あちこちに宿る切れ切れのわたしの愛

ほらご覧 いま其れも貴方の一部になる



例へばこんな風に





今わたしに出来るのはこのくらゐだ

もう こんな時 爪を立てて 誰の背中も掻いてやれないが

時々はかうして思ひ出してお呉れ



早々




アニメにおける終戦の日の場面と同じくわかりづらい言葉は偏向されて解釈されそうなので省いたのだろう。たとえば「留まつては飛び去る正義」、「此れは不幸の手紙ではありません」→「いま此れを讀んだ貴方は死にます」。

終戦の日、原作版ではあった「この国から正義が飛び去っていく」「暴力で従えとったということか。じゃけえ、暴力には屈するということかね。それがこの国の正体かね」というセリフも現在だと右翼的に解釈されかねないので割愛したように思える。あの時代のふつうの人々、特に「お国のために」というわけでもない人々も日本の正義を信じ、あるいはそれを最後のよすがとしてすべてを奪われたことに耐えていたのだろうけど。あの場面でのすずさんの涙もそういったもの、「すべてを奪われたのなら全身全霊をかけてたたかいに臨む。この身や命などどうなってもかまわないから最後までたたかう」というつもりだったのにあんなにも簡単に戦争の終わりを告げられその思いを裏切られたということへの涙となる。

アニメではこの部分、「この国から正義が飛び去っていく」が「アメリカからのパンなんかでデキた身体で」というふうに換えられ「それでも生きていく」「人々は食べて寝て生活して生きていく(それがかつての敵国であるアメリカからの物資でも)」という風に意味合いを変えられていく。それはその後につづいく戦後のすずたちの生活や気概、日々の暮らしを笑いを交えてしぶとく送っていく様子にもつながるものだったので特に原作からの改悪とかそういうのでもないのだけど(だいいちこうのさんとよく話し合って納得の上でつくってるだろうからそういうこともないだろうが)。





原作である「しあはせの手紙」の意味合いは多義的で難しくてそこで「死にます」と不幸を暗示されている「貴方」がわかりづらい。でも、たぶんそれは読者であり日常に戻ったすずさんでもあるのだろう。戦災という不幸と対比されるすべての人々。あるいは戦災にあった人々も含めたすべての人々。

不幸せの極地と思える戦災にあった人々に比して、ふつーの生活を送る人々はしあわせといえるだろうけどそういった人々にも死は訪れる。あまねく、平等に。あるいは死に比する不幸。死に至るまでの不幸。自分だけではなく身内を含めた死や貧困、疾病その他の不幸。我々はこういった「戦争もの」と呼ばれるような作品を読んだり見たりするとそのときには悲しんだり涙を流したりするけれどそのかなしみをすぐに忘れていく。ポップコーンや甘いジュースと一緒に「泣ける映画」として飲み下す。あるいは最初から「戦争もの」として興味を持たず劇場にも足を運ばず作品も手に取らない。それはヒト事だからかもしれないけれどそういった人々にもあまねく死は訪れる。死あるいはそれに比する不幸が。

その悲しみから想像した時、われわれはようやくにして戦災で不幸にあった人々の悲しみを理解できるのではないか?「理解できる」というところまで行かないかもしれないけれど、すこしでも自分に寄せて想像できるようになるのではないか?そういった我々の暮らしは日常の些細なしあわせのうえに成り立っているのだけれどささやかなしあわせを重ねているうちに死が訪れてくる。「歯は欠け、耳はうすく、耳は遠くなって」。周りのヒトはそれを「寿命だね。大往生だね。しあわせだね」と一般化する。

たしかにそうかもしれない。大変な不幸にあった人々と比べれば。まあそういうものかなあとわたしたちも一般化しつつも一般化しきれない悲しみがある。


でも、そういったわれわれのふつーの不幸も、戦時中の人々の大変な不幸も平等に不幸は不幸なのだろう。身内の、愛するものの死や不幸に際してわれわれは平等にかなしみ、喪失を抱える。

それと同じように、しあわせも平等に訪れる。現在から見ると幸福と呼べるのか?と思えるほどのささやかなことも、彼らと我らの生活のなかでしあわせの糧となっていく。


(晴れた日の縁側ですずめの声を聞きながらのおしゃべりや、たんぽぽの綿毛の舞う春の陽の午後のうららかさや、初秋の雲間のひだまりのぬくもりや、初冬の朝に寝坊した隣の人の横顔や…)

それらはこの世界の片隅に咲いたかけがえのないしあわせのカケラで、そういったものの積み重ねでわれわれの愛とぬくもりがつながれていく。

元の詞や「みぎてのうた」の歌詞ではそれらのささやかなしあわせは味わいそびれるものとされているけれど、それはそういったものが体験しそびれても良いほどのささいなものなのか?という反語的な表現なのだろう。同時に「貴方などこの世界のほんの切れっ端」も「いいや、そうではない」「いや、それでもね」という反語を呼び込む。

漫画的にはこの詞「貴方などこの世界のほんの切れっ端」という部分は戦災孤児がさまよっている場面に当てられ直接にはこの子が「世界のほんの切れっ端」ように表される。この子が拾い集めていた残飯の切れっ端のように。空腹と疲労と睡眠不足のなかでこの子がこの子であった記憶や過去や思考も切れ切れとなりもはや自分を保てるギリギリとなっている。そのような限界の情況のなかで「懐かしい切れ切れの誰か」の面影をこの子は発見する。おかあさんと同じ右手に。

「しあはせの手紙」ではこのあとには右手の言葉は途絶え漫画的な描写のみで展開されていく。すずと周作が広島に所帯をもつかどうかを相談している場面。そこにいつの間にか孤児がくっついてきて二人はこの子を連れ帰ることを自然と決める。「あんた、よう生きとってくれんさったね」と。

「みぎてのうた」的にはここを「だから、いつでも用意さるる貴方の場所」というあたらしい詞で受けて以下を順接につなげていく。

「わたし(あなた)という存在はそれぞれの人の切れ端の記憶、過去で構成されているものなの『だから』同じようにあたらしくそれぞれの人の記憶や過去から再構成されていくはずだ」という風に。つまり血のつながりにこだわらず愛とぬくもりをもってあたらしく家族を作れることを暗示していく。

漫画の場面では失った子供の代わりにあたらしい子を引き取ることへの罪悪感のようなものもすこしあったかもしれない。「どこにでも宿る愛」「あちこちに宿る切れ切れのわたしの愛」という右手の言葉がこの子を引き受ける場面に重ねられその慈善?を自己批判的に見つめる。あるいは、それはそんなに素晴らしい慈善活動とかいうわけでもなく人間の営みとしてふつーのことなんだよ?、というぐらいにフラットにしていく。


「貴方は死にます」といった右手の言葉は直接にすずさんにも向けられていて、それは「わたしなんかが生き残らなければよかったのに」(わたしが代わりに死ねばよかったのに)という思いを残したものだといえるだろう。右手はすずさんの想像力と同時にもうひとりのすずさん、明るく朗らかほのぼのしたすずさんとは別の現実的でシビアなすずさんの内面を表す。あるいは修羅としてのすずさん。無声慟哭を通じて開かれた修羅への扉。戦後、生きることを決めたすずさんの中にも未だ修羅の影やことばは残っていたのだろう。

その思いをあらたな愛が覆っていく。

道すがら偶然に知り合った戦災孤児を引き取ることを通じて、すずさんのその思いは覆われていく。すずさんだけではなくおそらくは家族の中にもあったその思いは。それらは消えることはないのだろうけどあたらしいぬくもり、色に覆われることでとりあえずはやりすごせる。

それらが最後の場面、呉の「わしらの家」にたどり着いて見上げた山と街の灯の場面に表されていた。そこに宿る街の灯は人のぬくもり ≒ 愛の象徴となる。



そういった生活を彩るのはすずめのおしゃべりやたんぽぽの歌となる。


「たんぽぽ」(作詞:コトリンゴ、作曲:コトリンゴ)


鷺(鳥)は水原さんを、たんぽぽの綿毛ははるみちゃんを想わせる。




いまあらためて原作を見返すと最後に見上げた呉の山と町並みの様子はゴッホの絵「星月夜」(starry night)にも似ている。元の詞の「例へばこんな風に」の後には右手によって描かれた星月夜風の呉の山並みが広がる。その後の言葉は孤児を家に連れて行った場面に重なっていく。

ゴッホの絵に似てるというのは映画の各場面を見ていても思ったことだったのだけど、おそらく原作のこの最後の場面から想像力を膨らませ演出されたのだろう。加えていうと「あの場面」は現代アート的にあの場面の心象を表していて共感できた。ゲルニカではなくアルヴィン・ペンクとキースヘリングの中間的な、傷ついた子供や身体障害者の心理をあらわしたような。というか、全体的に水彩とゴッホな感じで、そういった意味でこの作品はアート的にも見ていて気持ちのよいものに仕上がってるように思う。


現代アート的といえば「戦争中の暮らしの記録」の冒頭でもそんなことが書いてあった。


戦争中の暮しの記録―保存版 -
戦争中の暮しの記録―保存版 -


空から降ってくる大量の焼夷弾の白黒写真をして「(不謹慎だが)まるでアート作品のように見える」みたいなの。そういうのはこの映画のほかの場面でもあったように思う。「不謹慎だが○○だね」とか「空から爆撃されてるこんなときだけどわれわれの日頃の工場仕事の技術研究の成果がここに、、」みたいなの。ほんとの戦争中の暮らしというのはそういうもので現在から見てみょーにヘイワヘイワしたりセンソーセンソーしてた?と解釈するのの中間ぐらいにあったのだろう。




空から爆撃といえば戦闘シーンなんかは映画ならではの臨場感があった。ウーファーがビリビリ来てたりほかの構図にくらべてここはみょーに臨場感のある構図になってたり。そういった意味でも映画館で見る意義はあるのだろう。




あとは方言的なところのふつーさがよかった。広島のふつーの人の話す広島弁の感じ。すずさんなんかは一人称を「ウチ」というようなおとなしい、ぼんやりとした広島の女の子の様子がよく出ていた。ほかはふつーの広島の人な感じ。あとお義姉さんの方言の様子がよくでていたように思った。すずさんのほのぼのとした広島弁の女の子と対照的に、田舎の陰険なコミュニティの雰囲気を代表するような方言の感じ。稲葉菜月さんというかたが演じられたのだな。











こうの史代先生『この世界の片隅に』インタビュー  ネタバレ御免! 読者を震撼させた連載第33回「20年6月」の創作秘話に迫る!http://konomanga.jp/interview/32698-2














posted by m_um_u at 07:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2016年10月26日

河P直美、2007、「殯の森」



先日なんとなく再見してみたら以前に見たのと印象が変わっていた + わかりにくい映画なのでいちおこちらにもエントリとして感じたことを残しておこうとおもった。




殯の森 [DVD] -
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殯の森 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%AF%E3%81%AE%E6%A3%AE

殯(もがり)は日本の古代に行なわれていた葬儀儀礼で、死者を本葬するまでの期間、棺に遺体を仮に納めて安置し、別れを惜しむこと、またその棺を安置する場所を指す。「喪(も)上がり」から生まれたことばだとされ、類義語に荒城(あらき)がある。河瀬監督は物心がついたころ、亡くなった知り合いが動かなくなったことを不思議に思い、その後の経験を通して本作を構想し、生き残った者と死者との「結び目のようなあわい(間・関係)を描く物語」を目指したという






ふつーのあらすじの解説は他サイトからの引用に任せる。


映画『殯の森(もがりのもり)』ネタバレあらすじ結末【映画ウォッチ】
http://eiga-watch.com/mogarinomori/

山間の田畑の広がる風景の真ん中を通り過ぎる葬列。誰のものかは不明。老人ホームで働き始めた真千子とホームの老人たち。共に畑仕事などをしている時はもっぱらホームに入所している老人が介護師に指南している。帰宅するとお線香をあげる真千子。子供の写真が飾ってある。ホームに話をしに来た僧侶に、しげきが「私は生きているんですか。」と尋ねると、寝る食べるなどの肉体に生きているということと、生きている実感の有無による精神的に生きているということについて話す。習字の時間それぞれ名前を書く。真子と半紙に書き続けるしげきは隣で自分の名前を書いていた真千子の半紙の上から書きなぐり台無しにしてしまう。真子というのはしげきの妻で33年前に他界していた。僧侶は三十三回忌についてしげきに亡くなった真子さんはあの世に行ってもう帰ってこないと言うことを話す。他の入所者は生まれてくる前はどこにいたのだろう、など、それぞれに話をしている。


喫茶店で、真千子は元夫になんで(息子の)手を離したのか責められる。彼女が謝るものの、花瓶の花を投げつけられ、なぜ俺が生きていて息子が死んだのかと自分を責め、真千子を責めた。おやつの時間にしげきの誕生日を祝う面々、介護師の一人が彼に誕生日プレゼントは何がいいか聞くと、彼は真子と繰り返す。他の入所者は、真子が既に亡くなっている事やしげきに子供がいないことをそれぞれ話し始める。その夜しげきは自室でピアノを弾く彼の左側には在りし日の真子が座っており、生前二人で弾いていたであろう曲を、しげきは右手、真子は左手で弾く。しげきが躓く所を教え、彼が一人で弾き始めると、真子は去る。そこへ真千子がゴミ箱のゴミを集めにやってくる。しげきは近くに置かれたリュックサックに触れられたと思い、怒りのまま真千子をはたく。結果、真千子は手首を傷め、同僚が来るまで送ることに。車中、気落ちしている真千子に、こうしないといけないことはないのだと、彼女を慰めた。翌日ホームに出勤すると、しげきが庭の木に登って枝を取ろうとしてた。しかし、転落した彼は茶畑の方へ逃げていってしまう。それを追う真千子としげきは茶畑でしばしかくれんぼじみた事をする。昨日の事などなかったようにしげきは真千子に笑顔を見せた。


真千子の運転する車でしげきは山へ出かける事に。しかし道中の畦道で車が動かなくなってしまう。真千子はしげきに絶対に車から出ないように一人で待っているようにと言い含めて近くの民家に助けを求めに行くが、サイドミラーに映る真千子が遠ざかる姿を見ていたしげきは車から降りてしまう。車に帰ってきた真千子はしげきがいないことに焦り、無人の畑を探し回る。すると、しげきはスイカ畑の案山子の後ろに隠れていた。しげきは真千子に追いかけられるまま逃げた畑の脇道で転びスイカを割った。それを二人で食べた後、しげきは山の森の中へと入っていく。道なき道を行くので道が間違っていないか、大丈夫かと真千子は何回もしげきに問うもののどんどんと森の中へと行ってしまうしげきに、どこへいくのと問えば真子の所と答えるのみ。やがて携帯電波の通じない所まで来てしまい不安になる真千子は、同じ場所をまわっていないかと苛立ち始める。すると、森のぬかるみでしげきが転んでしまう。彼を起こしながらちょっとでいいから休もうと提案するが聞こうしないしげきに、自分より大事なの?と、背負われた重たいリュックを掴むが、そんな真千子の心配は露知らず雲行きが怪しい中、しげきは森の奥へと進んでゆく。そして雨が降り出し森の中に小川が出来る。真千子は渡ったらいけないと止めるがしげきは渡ってしまう。するとごく小さな鉄砲水が起きる(おそらく水難で息子を亡くしたと思われる)真千子は「いかんといて!」と泣き叫んだ。真千子の声にしげきはやっと振り返り小川を渡りうずくまった彼女のもとに戻る。


森の中で焚き火をし夜明かしをする二人。しげきは、よかったな、さむかったな、あったかいなと繰り返し、やがて火のそばで横になる。心配になった真千子はしげきに声をかけお茶を飲ませる。寒さに震えるしげきを抱きしめてさすりながら、生きてるんだなといいながら夜が更けていった。翌朝、目をさましたしげきは森の中に真子のすがたを見つけ、二人で踊る。そんなしげきを起きた真千子が見つめる(真千子に真子は見えていない)。再び歩き始めた二人は森の中で縄の巻かれたご神木らしく樹齢のいった木を通り越しさらに奥へ進むと、墓標のように突き刺さった棒に行き当たる。しげきはそこでリュックからオルゴールと妻の死後記していた日記をリュックからとりだし、棒のそばに穴を掘り始める。真千子は手渡されたオルゴールを回していたが、しげきが地面を掘るのを手伝う。そして、掘った穴の中に自ら入り蹲るしげきを真千子は撫で再びオルゴールを鳴らし始める。「殯」についての数行の辞書的説明の後、エンドロールへ





先立たれた妻への思い?で精神を壊しそれでもなお生き続けているしげきさん、と、息子を死なせたことに罪悪感を持ちしっかりと別れ/かなしみ/悼みを果たせないまま抜け殻のように生きる真千子。あるいは硬い殻をかぶって心を閉ざして。


「やらなくちゃいけないことなんてないのよ?」


どこか生きづらそうな真千子に先輩職員がいう。

それは同時に「やっちゃいけないことなんてないのよ?」を含み、段々と真千子を解放していく。しげきの逸脱した行動に導かれて。

森のなかでの遭難、大雨の中での鉄砲水を通じて真千子は自らのトラウマとなった場面を追体験し感情を吐き出す。それは真千子の心への鉄砲水となって殻を壊していく。あの日からきちんと泣けなかったこと、泣くことさえ許されなかったこと。

あるいは目の前で精神を壊してもなお変わらぬ妻への愛と悼みを示すしげきの様子を見て、そしてそれを手伝えることに自らの存在意義を見出していく(しげきへの「ありがとう」という言葉にはその気持が込められている)。

泣いてかなしみを吐き出せたことが真千子のもがりの契機となっていく。



しげきのほうに感情移入しにくかったのだけど、それは「精神を壊して空虚に生きる」「情緒と認知が断続的になっている」ということがリアルに表現されていたからかもしれない。

そんなしげきが最後の場面、妻と、妻への思い出という自らの心の最後のよすがを埋めるための掘る場面ですこしだけこの人物の内面がわかったような気がした。進撃の巨人の巨人たちのようにあらぬ目線で笑っているような表情をしつつ一心不乱に土を掘るしげき。妻への思い出だけで生きている男が妻への思い出のよすがを「埋める」というとてもつらいはずの場面。しかし、しげきはもはやかなしみや怒りさえ一般的な形式として表現できなくなっている。だから笑っているような表情にも見える。それでも妻への思いだけは残っていて、それだけで生きている/かろうじて生かされている男の様(「わたしは、生きているんでしょうか?」)。そしてそれさえも土に埋めてもがりを完結させようとする。もがりが完結すれば、妻との思い出を閉じればもはや自らが地上にとどまる必要もなくなる。自ら掘った穴に入りうずくまるという行動はその気持の表れと言える(「これでもう、いいよなぁ?」)。


そういった内面が垣間見えたように思えた。







そうはいっても全体的に説明不足な映画なので一般には理解しがたい / この解釈もあってるかどうかわからないだろうけど、少なくとも似たような体験をしたひとには伝わるような質量を持った映画だったといえるように今回再見しておもった。


まあとりあえず茶の畑でのおいかけっこが天国の光景のようで印象には残ると思う。




posted by m_um_u at 16:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2016年09月28日

「相撲の歴史」




なんでこれ読もうと思ったのか思い出すに「古流相撲の源流の部分に四股やテッポウなどのトレーニングの本来の意味・狙いも見いだせるのではないか?」とおもったからかなあと思うのだけど結果的に当ては外れつつけっこうおもしろかった。


相撲の歴史 (講談社学術文庫) -
相撲の歴史 (講談社学術文庫) -


今思うとこれがアンテナに引っかかったきっかけのエントリでもそういったことは書いてあるな。すくなくとも相撲、あるいは相撲の鍛錬の技術的なことについては触れてない。


新田一郎『相撲の歴史』 - 中国武術雑記帳 by zigzagmax
http://zigzagmax.hatenablog.com/entry/2016/05/23/002304



全体としては明治以降、現在のような近代相撲となる以前の相撲の歴史・源流について歴史学・民族学などの成果を引用・援用しつつ述べたもの。

かんたんにまとめると相撲は最初、平安貴族かなんかの前で奉じる相撲節(会)(すまいのせち)から発展していったぽい。それ以前にも「神に捧げるもの」としての意味合いがあったので貴族が余興として鑑賞するようになったというとこもあるかもだけど。「神前に奉ずる」な流れはその後もずっと神社の前での相撲大会として残っていった。それは現代も残ってて地方のいわゆるアマチュア相撲的なものはそういったものなのだろう。相撲はもともとそういった貴族、あるいは神社で奉ずるものだったのだけど神(社)に奉ずるときは勧進のひとつとして行われていた。勧進自体は日本の企業(カンパニー)的なもののもっとも古い形態ともいえるだろうけど、資本主義的な貨幣経済が発達してなかった時代、「集団でなにかをつくる」←「お金を集める」名目としてもっとも強力だったのが勧進だった。すなわち神社の建築とそのためのお金集め。勧進においては人を集める余興が必要でそのひとつとして相撲が使われていた。その後しばらくして武家なんかがお抱え力士をつくって力士サポートするところもあったようだけど、その時代にも地方での神社前の相撲興行的なものは並行して続いていった。


江戸期は江戸に専門の相撲人・相撲部屋が作られ神社以外の場所でも恒常的な相撲興行が行われるように。そういったプロ力士たちは武家なんかのバックアップも受けていた。江戸期の興行の代表的なものは江戸以外に京都・大阪なんかで、四季の各季節ごとに行われていた。もともとは相撲は地方神社での興行がメインだったけど江戸に専門の部屋ができるようになってその中心は江戸に移っていった。



だいたいの流れはそんな感じで後半は読み飛ばしでいいかなあとおもってたのだけど明治以降の近代化において相撲がどのように生き残っていったかのあたりの叙述がけっこうおもしろかった。相撲の「日本古来の伝統」的なフィクションはこの時代に作られたものらしい。明治政府による「富国強兵にいらない余興は必要ない」に対して。髷なんかも切るように命じられたようだけどこの「伝統」をかかげてなんとか回避したとか。あと天皇への上覧が効いたとかなんとか。そういう形で国に依る「伝統文化」的なバックアップを受けて相撲は生き残っていった。



posted by m_um_u at 16:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

「習得への情熱―チェスから武術へ」


なんでこれを読もうと思ったのか、honzのレビューで気になって「( ^ω^)・・・非体育会系でまったくスポーツ経験なくてもやり方によっては年取ってからでも武術を極められるものなのかあ。。」というところに希望と目標・参考を感じたからかさだかではないのだけど予想外におもしろかったのでエントリに残しときたいと思いつつなかなかエントリできずにいた。



習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法 -
習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法 -


honzのレビューでは『「一つを極めることで、他の物事も理解できるようになる」習熟の過程を綴った本だ』とまとめられておりそれも間違いではないのだけど自分的にはちょっと違うかなと想った。


一つを極めれば、他は自ずと理解できる『習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法』 - HONZ
http://honz.jp/articles/-/41738


全体的には発達過程における教育学、あるいはコーチング的なものへの関心を綴ったものであり、チェスのマスターになってからはパフォーマンス心理学など行動心理的なところでのパフォーマンスの反映についての関心から綴られている。それは「天才だからできた」という話でもなく一般的にも通じる習熟と持続的なパフォーマンスの発揮の話のように思えた。そういったものの中でも具体的な関心としてエキサイティングだったのがゾーンのコントロールの部分だった。ゾーンというのはプロスポーツなんかで注目されるようになったあの「ゾーン」で一定の分野に通じた人、多くはプロスポーツ選手なんかがある特定の場面で集中力が異様に高まり時間が止まったように感じられる状態、あるいは対戦相手が止まったように感じられる状態のことを指す。その状態に入れば高次のパフォーマンスを発揮できるわけだけどその多くは偶発的に生じるもので自らそれを発動しようと思って発動できるものではない。ジョシュはチェスの大会のときに何度かこの状態を経験しこれを意識的に発動できるように試みることにした。結果的に統制し発動できるようになったそれを彼はソフトゾーンと呼んでいたけど、それはいわゆるゾーンともまた違った高度のパフォーマンス発揮状態なのかなあ、とか。でも、パフォーマンスを高いレベルで発揮できるようになる / それをコントロールできる、ということでは参考になるように思う。


具体的な方法としては複雑な操作過程を半ば無意識に行えるようになるほど繰り返し習熟することで意識リソースが必要な範囲を狭くしていく、というもの。彼はそれを「円を小さくしていく」「より小さな円を描く」として表現している。

これは自分も似たような状態を体験したときに経験したことだなあと納得できる。その上で普段よりもより高い緊張を強いられるような情況に投げ込まれ脳がフル回転することによってゾーンが発生するのだろう。火事場の馬鹿力的に。




なんかさらっと書いてしまったけどこの本自体は表紙も含めて美しく、気持ちの良い読後感がある。才能が目覚める過程への環境 / 周りの人の支え / コーチングなどの部分だと「グッド・ウィル・ハンティング」のうまくいった版なんかを想わせて。

あるいは黙々と巧夫を積み、習熟していくことの探求と喜びに。しずかに透き通っていく感じに







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2016年08月13日

「男子の貞操」




この辺を見てて読んでみようと思ったのだった。


「風俗」と「射精介助」、どう違うのか?<障害者にとっての<性>と<生>を考える>上野千鶴子/坂爪真吾 - 幻冬舎plus
http://www.gentosha.jp/articles/-/5920

貧困女子の生態を消費するブームに乗っかっている自覚は、おあり?<障害者にとっての<性>と<生>を考える>上野千鶴子/坂爪真吾 - 幻冬舎plus
http://www.gentosha.jp/articles/-/5996



上野さんは元指導教官ということもあり、あるいは彼女の性格とかマッチョ女性的な考え方もあるのでフルボッコ的な言い方をしてるけど。その中でも「男子の貞操」と「性風俗のいびつな現場」はおすすめされてたので。「性風俗のいびつな現場」は次回以降の読書とする。関連で荻上チキさんの「彼女たちの売春」なんかも読んでみても良いかなと文末の関連図書付録を見つつ思った。








「インタビューで興味を持った」以外に、この本を読んでみようと思ったのは男性のセクシャリティみたいなのをきちんと語る、考えるという意味で興味を持ったので。そういうのはこのblogの依然としたテーマの一つであるし。

フェミニズム-女性学みたいなものに対抗して?たてられた男性学みたいな語りがあるのだけどなんかしっくりこない。どうも弱者男性論と接続してみょーにねじれた感じになって。あるいは、フェミニズムを批判しつつもフェミニズムの悪い部分を踏襲したようなポジショントーク的な感じがするので。そういうのに対して、もうちょっとスッキリと自身のセクシャリティとかリアリティを俯瞰できないかなあ、と。「男もつらいよ」的な語りはそれを中立に行った後で良いだろうし。

その意味でこの本は完璧、というわけでもないけど同じような視点とか問題意識にあるのかなあとか。女性なんかが男性のこういうのを知ろうとするときには良いかもしれない。「感じない男」的な男の子の性意識に関する内情語りとして。


森岡正博、2005、「感じない男」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/52482268.html





ふたたび「男子の貞操」について。結論からいうとちょっとお利口ちゃんにすぎるかなあという印象だった。自分的には。

大意としては、<男子のセクシャリティ、性に関する欲望なんかはだいたいが現代社会のエロメディアの価値観に汚染されてるので、それをまず相対化し、目の前の『ふつー』の女性との日常行為としてのセックスに戻るべき>、というもの。「エロメディア的な価値観はジャンクフードみたいなもの。ジャンクフードはやめてもっときちんとしたセックスをしよう」「女性との付き合いはその社会、コミュニティにおけるふだんの関係性の結果でありそのボーナスようなものなので焦らなくて良い」とか。後者はたとえばその職場・コミュニティできちんと仕事してて関係ができて尊敬されるようになってくれば付き合いは自然発生する、みたいなの。

まあそりゃそうだよねー、って感じなのだけどジャンクフード食べるのってそんなに悪いことなのかな?ッて感じに。食をめぐる価値観にも通じて、すべてを手作りスローセックス・スローフード的な自然食みたいなのにするのも宗教がかってるというか、まあ手間もかかるし飽きっぽくなる。なのでそういうのも選択の一部として選べればよいかなあって結論。食べ物うんたらと同じく。


阿古真理、2013、「昭和の洋食、平成のカフェ飯」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/424606203.html

遠藤哲夫、2013、「大衆めし 激動の戦後史」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/425007585.html



んでもまあこういうのも世間一般のエロ、あるいはグラビア的な男性欲望・価値観のステロタイプに汚染されたひとがみるとそういうのが相対化されてよいのかもしれない。


そんなこといいつつ今日もAmazonアンリミテッドでゴミのようなエログラビアザッピングとかするわけだけど?( ・?・)? ?? 。○(まあでもあれもおやすみ前のちょっとした「お楽しみ」があの程度で済むようになって便利っちゃ便利なんだけど(最近は筋トレで疲れさせてさっさと寝ちゃえ、にしつつ
















セックスの哲学 - Wikipedia

セックスの哲学(英: Philosophy of sex)とは、セックスや性愛に関する研究を行う応用哲学の一分野である。売春、レイプ、セクシャルハラスメント、性的アイデンティティー、同意年齢、同性愛のような現象についての倫理学的考察や、「セックスとは何か?」のような問いに対する概念分析が行われている。また、セクシャリティや性的アイデンティティーにまつわる問いや、ジェンダーの存在論的地位についての問題も扱う。現代のセックスの哲学者として代表的な人物には、アラン・ソーブルとジュディス・バトラーがいる。

現代のセックスの哲学は、西洋フェミニズムの影響を受けている場合が多い。フェミニストが問いただしているジェンダー間の差異、性の政治学(ポリティクス)、また性的アイデンティティーの本性といったテーマは、セックスの哲学においても重要な問題となっている。







上野千鶴子、1989、「スカートの下の劇場」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/388711171.html

「恋愛とセックスの経済学」 / 「家父長制と資本制」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/427900360.html

意味―性―愛: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414101268.html

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2016年08月10日

シン・テッポウ? / 対膝痛トレーニングとしての四股とスクワット


以前にした四股・テッポウエントリの続き的なものとして


四股やら腰割りやらとウォーキングやらランニングやらについて: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/437377800.html


テッポウと膝関連で進捗?あったので経過報告的に。



テッポウについてなんとなく最近わかるような感じになってきた。「わかる」っていうかこれが正しいのかわからないけど効果として実感できる感じ。

ポイントとしては単純でテッポウの開始位置のときの壁に手を当ててるとき、掌をできるだけ壁面から離し、人差し指の付け根辺りだけで体重を支えるようにする、「付け根あたりだけで」っていっても壁面を使った斜め腕立てみたいな体勢になってるから足でも体重を支えてるんだけど、感覚としては「指付け根だけで」って感じ。指の付け根で相手を喉輪してるような。壁面についた指と指の付け根の角度が90度になるように。

ここから「落とす」ように始動することでぜんぜん効果が変わる感じ。全体重が確実にかかってる感じでウッと声が出る。寸勁とかと似た感じの理合いなのだろうか?この荷重を肩甲骨剥がしに利用する。


肩甲骨はがしストレッチ 首、肩、腰の痛み、体の不調が消える! -
肩甲骨はがしストレッチ 首、肩、腰の痛み、体の不調が消える! -

肩甲骨剥がしはよくわかってなかったけど要するに「肩甲骨というのは鎖骨だけでジョイントされてるものだけどほうったらかしにしてると肉に埋まって機能しなくなってる(ので肉から剥がして可動域を広げる)」というもの。

「鎖骨だけでジョイントされてる」というのを解剖図的なので見せられ意識するようになるとテッポウで荷重をかけるときにもどこまでやって良い / やるべきかがイメージされていい感じになった。





膝関連は四股とかスクワットで。




以前のエントリにも書いたかもだけど膝を痛めているので四股に期待してるのは炒めてる膝でもできるような足に負担をかけない筋トレあるいはストレッチということで、じっさい四股を意識してするようになって膝の調子がよくなっていた。でもその理由がよくわからなかったのだけど、今回Amazonアンリミテッド経由などで膝痛に関する本をブラウズしてみて膝痛の原理みたいなのを理解し、四股踏んでるとなぜ膝痛が緩和したのか?も理解できた。



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膝痛にも色いろあるのだけど要するに大腿骨と脛骨が直接にこすれて神経が刺激されるのが膝痛で、大腿骨と脛骨のあいだのクッションがなくなっていくのが原因。高齢化にともなって生じるのはそういうのだけど、自分の場合は故障で生じた。たぶん膝の内側靭帯か半月板が損傷してる。O脚だとこの辺を損傷しやすいらしい(日本人の大部分はO脚)。なので、この部分を再生、あるいはなにかクッションを入れる必要があるのだけど、膝痛系でよくみる「膝を伸ばすようにしなさい」というのはここに潤滑液をためるためなのだそうな。そうすると車なんかにおけるハイドロうんたら現象と同じ感じで潤滑液がクッションになる。あるいは潤滑液自体に軟骨なんかの再生作用があるらしい。スポーツをして膝を傷めた人で「膝に水が貯まる」とかいうのもこれのことらしく、危機察知した身体の過剰反応として潤滑液を出しすぎて「水が貯まる」ということになるらしい。なのでそれ系のひとたちは水抜きとかする必要があるのだろうけど、そこまでいってない場合はふだんから膝抜き / 伸ばしをして潤滑液をためたほうがいいみたい。


名医が図解! 腰痛・膝の痛みは解消できる! (3) 膝の痛みの原因と対策 impress QuickBooks -
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やり方としては簡単で、いちばん簡単な座ったままできるものとしては膝振り子運動というのが紹介されていた。まあ座った状態で足をブラブラさせるのを50回ずつ3セットぐらい繰り返すというものだけど。自分的にはこういう構造を理解したうえで四股とヒンズースクワットを日課とすることにした。


膝痛の対策のもう一つのものとして「膝周りを補強するような筋肉を強化する」といわれるのだけど大腿四頭筋が膝の最強の装具なのだそうな。大腿四頭筋、つまり太もものアウターマッスル部分全般。

四股なんかだとインナーマッスル意識だったけど今後はこの辺も意識してやっていく。具体的には振り上げ足のつま先をすね側に縮ませることで大腿四頭筋に効かす。これも膝振り上げ運動の一環として紹介されていた。その際、かかと親指をきちんと意識して使う。O脚なんかの悪いところは脛の構造的に足の外側に体重をかけがちになってしまうことで、歩くときにもきちんとかかとで着地し親指で蹴りだすようにしたほうがよいのだそうな。ここに体重が一直線に乗るように意識して。そいやちょっと一休みの時に足を交差させて立つ楽だったりするけど、あれもO脚だからなのだろう。両足の外側に体重をかけやすいので自然とそういう体勢をとってやすみやすいようにしてる。そういう体制をとってる人がいたらO脚ということなのだろう。




ヒンズースクワットはただしくやるとこういうのに効果するらしくやり終わった後に膝が抜けてる / 伸ばされた感じがする。体重を落とすときに膝に負担がかかり過ぎないか心配だったけど正しくやるときには前に伸ばした腕によってバランスをとるため膝への荷重にはならないぽい。体重を落とすときにはできるだけ後ろに、膝に負担がかからないように意識してかかとに落とす。なんだったらつま先が浮くぐらいでやってる。





全体としては大腿四頭筋に効く。ストレッチ的には膝を伸ばし、筋トレとしては大腿四頭筋に効く。





あとはカーフレイズなんかで鍛えにくい脛・ふくらはぎを。フィニッシュの時にかかとが下がるぐらいの段差があるとこでやるのが良いと見たのでそういう感じでやってるけど足裏に痛いのでマット敷いてやってる。



全体的にストレッチ重視できちんと伸ばしたあとに筋トレ的な感じ





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2016年08月09日

シンゴジラが壊したものはなんだったのだろうか?




シンゴジラについて。もうちょっと評論めいたことを書きたい(思考したい)、あるいはそういったものを読みたいとおもっていたところでこのエントリで刺激されてなんか書きたいと思ったのだった。

希望の時代の中で―『シン・ゴジラ』雑感 ≪ SOUL for SALE
http://blog.szk.cc/2016/08/01/in-the-hope-age/


書き方は異なるけど似たようなことを思ったのだろう。つまり、「ゴジラというものは何の象徴だったか?」そして「それは現代でも通用するものなのか?」


「ゴジラってなに?」というとビキニ環礁の核実験から生まれた怪獣で、文明の負の遺産でありシステムに対する怒りであるってかんじなのだけど、それがリアリティをもったのはそういったシステムが戦後のカタストロフの中から立ち上がり構築されていった時代だったのだろう。

最初に構築されたシステムなのでスマートでもなくさまざまな問題を抱えつつ乱暴で暴力的で、それがゆえに市民の生活の方に問題が溢れていった。公害問題とか。

なので初期のゴジラは具体的には公害の象徴的なものだったともいえる。まあシステムの圧力によって生まれた問題の代表的なものが公害だったのだろうからそれだけがゴジラ的なものに代表・象徴されていたわけではないだろうけど。

この時代の人々がゴジラ的なものにマンゾクした背景にはそういったものがあったのだろう。逆らってはいけないオカミ的なシステムに暴力的にNOをつきつけていく存在。力道山と白人レスラーの関係にも同じ。

ただ、彼らがそういったイデオロギー的な理由から作品を鑑賞し満足していたかというと単に目に映る怪獣の光景が新鮮でおもしろかったからというのもあったかもしれない。プロレスも当時は斬新で刺激的な暴力ショーだったのだろうし。

ゴジラのリアリティの初期というのはそういったものだったのだろう。未だ怪獣のリアリティが通じていた時代。

そういったリアリティ、未だ消費財的なものが新鮮で、コンテンツ的にも新鮮なものがあふれていて、未だ見ぬ未来の発展をいずれ来るものとして信じられていた時代のリアリティ。初期から中期にゴジラ映画を愉しめていた背景にはそういったリアリティがあったように思う。

しかし、そういったリアリティも必要な耐久消費財が整い、物があふれ、あらゆるものが新規性を失い、退屈でシラケたものになっていった。いわゆる後期近代であり不可能性の時代へ。われわれは未来を信じる可能性を失っていった。

ゴジラ的なもの、あるいは怪獣的なものやSF的なものはそんな感じで、予定調和されシラケきった現在-未来の中で一般の人には受けるはずもない不可能性を抱えている。一部のヲタとかなら別だろうけど一般には「ゴジラなんか怪獣映画きょうみなーい」というのがふつーの反応になる。

ただ、今回の「シンゴジラ」が評判をもって受け入れられたのはそういった怪獣映画の系譜を継ぐものではなく、ゴジラを背景にした人間ドラマだったからだろう。われわれがなかなか見ることのない官庁の専門職の人々の様子。そこには未だ優秀で信じられる人間がいるということにリアリティをともなった希望・胸熱を感じ、あるいは311では到達できなかった未来を垣間見せられたことでカタルシスを感じられた。


(怪獣映画という)不可能性のなかで未来への希望を感じられる可能性が生まれた。


それはかつて楽天的なSFのように望まれた<未来>とは異なった、シビアな現実主義の時代を通り抜けた上でのかすかな<希望>ということだろうけど。ただ、その「希望」も過度のロマンティシズムに基づくものといえる面もある。




ついったでは何度か言ってたけどシンゴジラのストーリーラインというのは自分的にはそんなに斬新でもないのだけどなんかみょーに持ち上げられてるの見るとうーんてなっていた。

庵野秀明・樋口真嗣、2016、「シンゴジラ」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/440705100.html


好きだし面白いと思うんだけど稀代の傑作みたいな言い方されてるの見ると。。(まあ人の評価とか印象はそれぞれだから良いのだけど一般論じゃないよねソレってかんじ。ヲタ的な怪獣とかウルトラマンとかの特撮の系譜を踏まえた上でのオマージュ-お約束、と、そのうえでの自衛隊他のヲターマニア心くすぐるアレのあたりはわかるし、内閣府あたりの骨太描写もその一つといえばそうなのかなあと思うのだけど。あれってここ最近人気の「日本はまだまだやれる」系の企業ドラマの描写の仕方のように思える。「下町ロケット」とかそういうのと同じような(或いはソレに属する「龍馬伝」的なのと同じような)。それと311を想わせるものをからませたので思ったよりカタルシス(あったらよかった現実)になって一般的なとこに遡及したのかなあとは思うのだけど。「ALWAYS 三丁目の夕日」がハイパーリアリティ的な昭和ロマンティシズムといわれびみょー感持たれるのと同様、一連の企業ドラマってそういうのの系譜なんだとおもう。




「趣都の誕生」を読んでいると都市の建物というのはその時代、その都市の人々の未来観を反映するものだという。

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ -
趣都の誕生 萌える都市アキハバラ -


「未来」でありその時代環境の欲望や理想を体現したのが都市の建物のデザインということになる。

ただ、オフィスビルの外観というのはある時から時間を止めているらしい。ほとんどはレイクショアドライブ・アパートメント様式になってる。看板方式でシュッとした長方形のガラス張りのビル。ルードヴィッヒ・ミース-ファンデルローエのデザインなのだそうな。団地に共通するデザイン(ユニテ・ダビタシオン)の元はル・コルビュジエだとか。




そういったビル、都市計画というのは官の主導であったが、だんだんと民も加わっていった。いわゆる森ビルとか、あるいは渋谷や池袋への西武の出資とデザインとか。都市デザインの官から民への時代。

アキハバラはそういった都市ビルのデザインの進歩を無視し、そんなに魅力のないビルに個々人の趣味としての垂れ幕がテンプレされていった。その意味で都市デザインは官→民の時代を経て「個」の時代になったとか。まあそれはデザインされたものではなくデザインを放棄した場にバラバラの趣味が表出され趣味と趣味がリンクされたという程度なのだろうけど。

シンゴジラの終盤、ゴジラを囲んでいた高層ビルは未だ建てられていない建物なのだそうな。それをCGでつくりだし破壊しゴジラに浴びせかけた。そのゴジラもまたCGでつくられたものだった。

そのことを象徴的に読みとると、われわれはもはや現実へのリアリティを失い、あるいはCGのなかでに期待される先取りされた未来をさえなんだったら破壊して差し支えないほどの決断力を有したといえる。それをモッタイナイと躊躇するのではなく、その期待に思考停止するのではなく。

かつてゴジラやモスラが壊したもの、あるいは壊そうとしたものはその時代のシステムであり未来の象徴だったはずだけれど、シンゴジラでゴジラがが壊したものはなんだったのだろうか?

未来、ではあるけれどけっしてゴジラなどの虚構の存在を通してしか破壊できないようなシステムと直結した構築物としての未来、ではない、なんだったらわれわれの決断によって破壊し修正できる未来。

それは「ゴジラが壊した」、のではなく、「われわれが壊した」のだった。

そして、

だからこそわれわれが建てなおしていける      
                    











                       のかもしれない





















8月6日  /  意味のテンプレ|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n8c315a1d618d

posted by m_um_u at 22:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2016年08月03日

庵野秀明・樋口真嗣、2016、「シンゴジラ」



昨日「シンゴジラ」を見てきた。シネマ会員カードでちょっと安い日だったしついったのTLでみょーに評判で、RTとか連弾でされてきてうざいなあという感じだったので、「見ずにうざいっていってるのもなんだし」「まあこれも縁起物」ということで。

シン・ゴジラ - Wikipedia

このウィキペディア、ついったに流れてきたtwからすると「ネタバレを過分に含む」ということでページ上部にも「このページは荒らしや編集合戦などのため、方針に基づき編集保護されています。現在の記述内容が正しいとは限りません」「現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています」な但し書きな異様感があるのだけど、そんなにネタバレかあ?これって感じがするし、だいたいあの映画ってそんなにネタがバレて興ざめするようなものだったのかな?とかおもったり。

ここでのネタというのがどの部分を指すのかわからないのだけど、ストーリーということだと自分的にはそんなに新鮮でも斬新でもなかった。好きな型のストーリーではあるのでおもしろかったけど。知ってる型なのでお約束的な物語の流れを楽しんだ、ぐらい。

まあ言ってしまえば、「日本という国の病理は組織病であり、そっちのほうが怪獣とかよりも問題だ」「その病は緊急時に危機感が持たれることに寄って初めて解かれ、皆が利害関係を廃して協力するようになる。共通の敵に対して」、というもの。後者は「インディペンデンス・デイ」なんかでもおなじみの。

前者は先日来noteの日記でも言ってるもの。「政策-選挙っていったってけっきょく官僚は変わらないのだし、そういった組織の部分の空気や意思決定機構を換えないかぎりどうともならないだろう」。ここから「じゃあ一度全部壊してそこから立て直したほうがいい」とすると「オールドテロリスト」と同期する。その意味で、ストーリーラインやそこで描かれる政治経済的なディテールというのは村上龍の一連の関心に属してるものに思えた。「五分後の世界」とか「ヒュウガ・ウイルス」とか。あるいは、そういった村上の政治経済ものの端緒としての「愛と幻想のファシズム」。

愛と幻想のファシズム(上) -
愛と幻想のファシズム(上) -
愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫) -
愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫) -
五分後の世界 (幻冬舎文庫) -
五分後の世界 (幻冬舎文庫) -
ヒュウガ・ウイルス―五分後の世界 2 (幻冬舎文庫) -
ヒュウガ・ウイルス―五分後の世界 2 (幻冬舎文庫) -
希望の国のエクソダス (文春文庫) -
希望の国のエクソダス (文春文庫) -
オールド・テロリスト -
オールド・テロリスト -

「新世紀エヴァンゲリオン」が「愛と幻想のファシズム」のパクリというわけではなく、同作品が庵野の血肉となってるとこからの派生であり結果なのと同様に「シンゴジラ」と「オールドテロリスト」の位相が同期したのだろう。「シンゴジラ」制作進行中に「オールドテロリスト」を参照していたわけではないだろうけど結果的に問題意識や視点として同期した。

ただ「日本という国(腐った組織)を根本から壊してつくりなおす(スクラップアンドビルド)」としたとき、その手段としてテロを選ぶか怪獣を選ぶかで違っていた。というか、ゴジラというギミック、SF的舞台が選ばれたのはたまたまで、ゴジラという要素がなければこの映画のストーリーラインとしては「腐った国を立て直す」→「だったらテロもしくは革命だ」といったものだったのだろう。そこから逆説的にこの映画におけるゴジラは革命やテロ的なものの象徴として機能しているともいえる。
なのでこの映画はゴジラが主体の怪獣映画、ではなく、日本の組織や空気、その改革をメインとした群像劇といえる。その意味で「踊る大捜査線」の雰囲気にきわめて近い。単にゴジラの舞台の大部分がウォーターフロントで、「室井さんの怒り顔がゴジラに見える。。」というのもあるのかもだけど。

また、全体的に3.11 → 原発事故における政府対応がイメージされた。特にゴジラ≒核の恐怖から疎開する住民の姿が。直接に3.11や原発のことを描こうという意図があった作品ではなかったのだろうけど、日本という国で直近でもっとも政治的に分かりやすかった事案がそれだったのでモデルとなったところはあったのかもしれない。核つながりでもあるし。

物語的にはそういった政治的、あるいは密室の組織的なとこでの群像劇なのでこの映画のストーリーをもって賞賛してる人の大部分はそういった部分に惹かれたのだと思う。なので、なにか感想なりを述べるときにも素直にその部分について賞賛しとけば良いと思うのだけどこの映画の裏の部分、ヲタ的なギミックの部分への賞賛と混ざってなんかよくわからない合理化がされたりしてる(「庵野はアニメーター的な職人気質でミリ単位のカメラワークを要求した」とかそういう)。

そうはいいつつも自分も物語的な部分で上がるとこはあったし、最後の怒涛の意思決定と協力な部分で「よっしゃ╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ 」と心のなかで叫んでたりもしたのだけど、あそこでの感動やカタルシスの大部分は長谷川博己の演技の説得力に依るのではないかと思える。特に最後の方の演説の部分。なのでこの機会に「鈴木先生」見てみようかなあと。ちょうどアマゾンプライム動画で無料で出ててウォッチリスト入れてるし。

映画 鈴木先生 -
映画 鈴木先生 -
「この映画は群像劇であり怪獣劇ではない」とはいったもののこの映画のB面的な部分はきちんとそこがメインとなっている。特撮系のヲタ知識に乏しいのでこの辺の知識はわからないのだけど、ゴジラを初めとした一連の怪獣SF、あるいはウルトラマン的な特撮のお約束を踏襲してるような雰囲気はカメラワークやカメラに映し出される色味からも感じられた。怪獣な場面になるとみょーに昭和的?とおもえるような撮り方がされてるとこがちょこちょこあったので。たぶんああいうのはお約束なのだろう。
あとは戦車や飛行機などメカニカルなとこや、鉄ヲタや地下建物ヲタもうならせるようななんかがごっそり入ってた予感。なにせ「あの」庵野の作品なので。むしろこの部分を撮りたかったがゆえにゴジラ案件を受けたのかもしれない。その意味では群像劇的なストーリーはこれを載っけるための理由や型に過ぎない、ともいえる。


監督不行届 (Feelコミックス) -
監督不行届 (Feelコミックス) -

そういう意味ではこの映画は怪獣映画としても機能していたのだろうし、むしろこれをディスクで買って手元に置く人というのはそういうところで価値を見出して何度も楽しんでいくのだろう。スルメのように。


印象としてはシンエヴァ制作で救急としたなかで「巨神兵東京に現わる」を受けて東宝から持ちかけられた話をゴジラアナザーストーリー的に表したぐらいのものだったのだろう。巨神兵にゴジラをテンプレした感じの。なので「巨神兵」≒「使徒のプロトタイプ」のアナザー的なものがゴジラとして描かれて終劇する。

ストーリーとしてもそんな感じで、巨神兵的なもの、あるいは自衛隊などのヲタギミックを大量に投入するテンプレとして適したものがストーリーが選ばれた程度だったように印象するのだけど、まあこんな感じであまり練らないほうが却って大衆受けしやすいというのはあるのかもしれない(サザンオールスターズのいとしのエリーとかTSUNAMIみたいに



あと石原さとみがエロ、というか知的セクシー格好いい感じでよかったです(ヽ´ω`)ああいうのもできるんだねえ。。(そして庵野作品はああいうのがちょこちょこ出るのだけどなんかあるのかねえ。。リツ子さんとかミサトとか知的にデキるけど性にも奔放みたいなの)











「エヴァ破」をめぐる「父性」「母性」「愛」のあり方と行方みたいな話: muse-A-muse 2nd http://muse-a-muse.seesaa.net/article/223289573.html

「進撃の巨人」を7から17まで一気読みしてみてうんたらかんたら: muse-A-muse 2nd http://muse-a-muse.seesaa.net/article/430031910.html


ネコ、じょじょに回復 /  サガミハラ|m_um_u|note https://note.mu/m_um_u/n/n0e9b6854a42a

暑中一休 / いのちの値段|m_um_u|note https://note.mu/m_um_u/n/n450c07d20e22




村上龍最良の後継者であり震災後文学の最高傑作としての『シン・ゴジラ』(飯田一史) - 個人 - Yahoo!ニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/iidaichishi/20160803-00060706/









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2016年05月21日

漂白される社会





漂白される社会 -
漂白される社会 -





読み始めたばっかのときに「とりあえず共感するところ / 自分の問題意識的に重なるところがあったのでその引用をメインとしてメモ的にエントリしとこう」と思ってつくっておいた草稿。

もう読み終わったのでなんか付け足してエントリにしても良いのだけど、これはこれでこのままで良いのでメモ的に置いとこう。なんかいいたいときにここからの関連でなんかいったり言わなかったりするかもだし。




社会のいたる所で「周縁的な存在」から何らかの偏りや猥雑さ、すなわち「色」が取り除かれ、「周縁的な存在」にとっても、その外部にとっても「自由」で「平和」な状況ができつつあること。また、それに支えられた「豊かさ」が、ある種の均衡状態を構築し、多くの人々を「幸せ」にしていること。

そして、その「幸せ」こそが、人々を不安、不信、さらには「不幸」へと追い落としもするということを―。


その構造に気づき、これまで見てきた対象を再度振り返った時、それらに共通する社会のあり様をまとめるためには、「漂白」という言葉しかないと考えるようになった。

原発は、かつて30年で潰されるはずであったにもかかわらず、40年を超えてもなお稼働されることになり、多大なリスクを抱えている。また、スカウト行為への規制が強化される歌舞伎町の路上で生き抜くスカウトマンは、悩みを抱えて占い師のもとを訪れる女性客の存在に目を付け、彼女たちを風俗店に斡旋していった。原発や歌舞伎町、そして本書に掲載した様々な対象は、「漂白」された「周縁的な存在」という一つの軸でつながりあっている。


これらは全て、自らがそのリスクにさらされない限り「見て見ぬふり」をできてしまう。「漂白」された「周縁的な存在」が、社会の表面にせり出してくることはないからだ。





「彼ら」は「周縁的な」存在や出来事を「見て見ぬふり」する



「もう終わる、すぐ終わる」「あれはダメだ、それを潰せ」「変わる、変えなければ」と、社会の中で相対的に目立ってしまった「ネガティブな何か」を探し出しては、そこを回転の軸にしながら、社会はいまだかつてないほど大きく、思いの他活発に動いているように感じられる。それは、「ネガティブな何か」が大きければ大きいほどなおさらのこと。

こうして、浅はかな「希望」が生まれては崩れてを繰り返し、それを取り囲んで起こる「祝祭」が非日常を演出する。その時々に選ばれた「敵」の象徴と、それなしには支えられない「友」の象徴が社会を浮遊し、人々の想像は暴走する。そして、非日常への熱狂の後には、退屈な日常が舞い戻り、以前と変わることのない日々は続いていく。


現代が、例えばかつてのように「暴利をむさぼる資本家」「民衆を抑圧する権力者」「克服すべき貧困・差別・暴力」という「絶対的な巨悪」を想定できる時代ではなくなったとするならば、それは、「闇の中の社会」だと言える。なぜならば、「絶対的な巨悪」があってこそ、それを打ち破り、困難を乗り越えた先に、眩いばかりの光の存在を感じることができるからだ。

そして、その光を目指す高揚感のなかで、社会は一つの秩序をもって営まれてもきた。現代とは、その秩序が失われた社会だとも言えよう。




光の存在をどこにも感じることができない、闇の中にある時代がもたらす不安は、人々をある種、宗教的な社会現象へと再編する。単純でわかりやすい言葉・経典(答え)を求めては、「これを信じろ」と社会は凝縮し、価値観の異なる「異教徒」を(でっち上げてでも)探しだしては叩き潰す。そして、「あいつらはおかしい、とんでもない」、あるいは「こちらを信じれば救われる。さもなければ、もはや……」と、「陰謀論」や「終末論」の発生にドライブがかかり、そこに浸ることで、生きる意味と充実感を得る者が現れる。



「彼ら」は「単純でわかりやすい言葉・経典を求めて」は「価値観の異なる異教徒を探しだしては叩き潰」す。水素水やホメオパシーやアベシンゾーや。そして、その場その場のわかりやすい規範に従う。


今、求められているのは、安心できる象徴を闇の中にでっち上げたり、ありもしない光を無理矢理に想像することではない。先行きを見通せない閉塞感のなかで立ち止まった時に、そこに芽生える現実が示す、その恐怖感から逃れてはならない。

目を凝らしながら、闇を闇として見つめ、少しずつでも歩みを進める。手の届く範囲にあるものに軽率に飛びつくことをやめ、複雑なものを短絡的に単純化すべきではない。ろくに手足を使っていないにもかかわらず、わかりやすい答えが見つかりそうになったとしたら、それは先入観や偏見でしかないと拒絶すべきだ。

丹念な作業の末に、闇の中にも目が慣れてくると、巨大に感じていた「見えない化け物」が、たとえ自らの手で扱えるものでなかったとしても、自分と同じような「何か」であることにも気づくはずだ。





それは端的には言えば「快との接続可能性が高度化した社会」であるとともに、「不快との共存が許容されなくなった社会」でもある。

ITの発展のみならず、政治・経済を含めて様々な要因が絡みあいつつも、確実に人もカネもモノも流動化するなかで、これまで存在してきた価値ヒエラルキーは崩壊し、独立的(=閉鎖的)な集団群が形成され、その背景にある歴史的な連続性は断ち切られた。そして、一方で、これまではそれぞれの「ムラの論理」(同一性)の中で生き、「他のムラの論理」(他者)と出合わずにも済んできた人々も、かつてとは違って他者と"出合ってしまう”状況が進み、他方で、これまで「ムラの論理」から逸脱したものを規律・訓練してムラに組み込み直してきたメカニズムが、「別々のムラの論理を持つ者同士」の共生(多様性)を高度化した資本や技術によって管理・統制するメカニズムに代替されつつもある。


その前提のなかで、人々は「葛藤し合わない」形でのみ社会的に包摂され、「葛藤し合う」もの、すなわち「あってはならぬもの」は社会から排除・固定化、もしくは不可視化される。

ここで述べるような包摂(inclusion) / 排除(exclusion)という枠組みは、ジャック・ヤングの議論を踏まえてなされている。あまりにも大雑把なまとめになってしまう(それぞれの概念を精査し、詳細は稿を改めて検討したいと考えている)が、ヤングは、社会から逸脱するものを社会に同化し安定性を求めていく包摂型社会が、後期近代(1960年代後半以降)には、個人主義や多様性を重視する価値観が広まるなかで、社会から逸脱するものを排除する「排除型社会」へと移行していったとする。

そして、排除する側・される側の消費や労働に関する価値観が近づき、その境界線が曖昧化することで(文化的)包摂と(構造的)排除が同時に起こる「過剰包摂(bulimia = 過食症)」(例えば、一部の者が特権を享受しているにもかかわらず、不平等や格差が見過ごされるような状況が起こることなどを示す)が起こっているとも言う。それらは、ここまで見てきた「固定化」や「不可視化」を起こす要因の一つとして踏まえるべきだ。

ここまで述べてきた「あってはならぬもの」とは、「共存が許されなくなった、不快に思われるもの」だった。「あってはならぬもの」がなくなれば、確かに快適で、便利で、安全な生活が訪れるようにも思えるのかもしれない。そして実際に、社会はそうなってきているようにも思える。

しかし、起こっている事態は"それだけ”なのだろうか。








戦後社会において、セーフティネットとは、「教育」や「社会福祉」のような法制度として政治的に用意されるものだったのかもしれない。しかし、現代日本に生まれつつあるのは、市場メカニズムが用意する、セーフティネットとは認識されにくい「グレーなセーフティネット」であり、それが住居や職探し、心の安住につながる人間関係を用意し(第三章)、あるいは、社会的に排除され、いわゆる「包摂策」として提示されているオプションからも排除される者を、戦後育まれてきた行政・制度に接続することも行う(第四章)。終身雇用・年功序列の社会で、幸せな家族でマイホームに住むことは、限られた者にとっての選択肢としてしか存在しない。

無論、社会的排除に対する社会的関心それ自体が失われているわけではない。むしろ、その時々に喧伝される「絶対的な聖域」をめぐって大きな議論がわき起こり、また、政治や行政はある方針を打ち立て、「快適・便利・安全」な社会につながるかのような「正論」の側にポジションをとった者が、その中で優位性を確保することにも似た状況ができる。

しかし、実際はむしろ「叩いていいもの」となった、その「絶対的な聖域」の「理解できない」こと・ものの内実には誰も触れないが故に、本来そこに存在した「あってはならぬもの」が抱える「改善されるべきこと」は、改善されるどころか、むしろ関心の対象として排除・固定化され、より不可視化される(第五章)。

そして、不可視化された「あってはならぬもの」は、二つの方向に進みながら生きながらえる。一つは、以前からあった人間同士のつながりと情報技術が相まった新たな対応システムで、性や規範の網をくぐり抜ける方向だ。対応システムに対する規制要因は常に生まれるが、その規制を常に乗り越える形で新陳代謝が起こる。

もう一つは、あらゆる経済的資源が縮小するなかで、これまで偏って存在していた顧客や利害関係者をより拡げる方向だ。様々な「障壁を下げる方策」によって「普通の人」を取り込みながら、「あってはならぬもの」は維持される(第六章・第七章)。

ただ、それは「ソフトランディング」である。より具体的な形で社会に対抗的に存在してきた「あってはならぬもの」、つまり、より「生々しい暴力性」を示してきたものは、明確かつ短期間のうちに崩壊を迎えているからだ。

「豊かさ」が達成された結果、それは政治・経済・行政・法・メディアなど様々な社会を構成するシステムから排除され、今では消え入りそうになっている。その内部にわずかに残る資源が、そこに生きてきた人々の最低限の生活を維持させる「包摂」機能を持つように見えることもあるが、もはや持続しえないようにも見える。生きながらえるのは、「生々しい暴力性」の牙を抜かれ、器用にも市場で一定のポジションを確保した一部の「強者」のみになる。

しかし、その「強者」とは、「快適・便利・安全」な「正論」のプラットフォームの上でのみ存在する「強者」に過ぎない。不可視化されてきた「あってはならぬもの」は、社会の変動要因となるという意味において無効化されてもきた(第八章・第九章)。

何かに熱狂しては溜飲を下げてを繰り返すなかで、変動しない社会、「快適・便利・安全」な社会は、強者のみで成立する社会でもない。当然、その快適さを下支えするシステムもまた形成される。






「信頼」が揺らぐなかで、「安心・安全を望む気持ち」が社会に存在し、時に増大することは確かだが、現実的にはもはや「客観的な安全」を社会に見出すことは、科学者にとっても、そうではない一般の人々にとっても難しい。「安心・安全を望む気持ち」が満たされないところには「不安」や「不信」が生まれる。両者は本来、「安全」や「信頼」の回復によって満たされ得るが、それもまた困難な状況にある。

そのような状況下において、「安心・安全を望む気持ち」、より正確に言えば「主観的な安心」は宙吊りにされ、絶えず人々の心の中に「不安」や「不信」を生み続ける。しかし、その情念は、回復が困難な状況にある「信頼」や、その前提の一つである「安全」に向かわず、また向かったとしても満たされず、彷徨うことになる。

その結果、ただアディクショナルに「自由のようなもの」や「平和のようなもの」は、その時々で偶発的に選択される。その選択の条件はすでに述べた「多数の人々」にとって選択し得るものであるかどうか、という点だけだ。そして、その原因であると同時にその結果として、時に「リスク」は「周縁的な存在」に分配され、それを排除・固定化・不可視化する。

不安と不信に基づいた無意識的な不快の中で、そこから逃れることを目指す力がアディクショナルに「自由」と「平和」を求め、「自由」で「平和」な社会が用意され……という循環が社会を構築していく。現代社会とはそんな社会であるらしい。







以下はこの本の元となった連載(一番下の方に一覧がある)と

第1回取り残された「売春島」に浮かぶもの 現代社会のリアリティ|開沼博 闇の中の社会学 「あってはならぬもの」が漂白される時代に|ダイヤモンド・オンライン http://diamond.jp/articles/-/19501


スピンアウトの対談


対談 漂白される社会 http://diamond.jp/category/s-hyouhakushakai

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2016年05月06日

石牟礼道子、『苦海浄土』



「苦海浄土」を読んでなんかいろいろうわぁ、、てなったのだけど感想にまとめにくく、じゃあこれはエントリするのでもなく自分の中に留めて流してしまおうと思ったのだけど「引用としてなら留めておいてしばらくしてまた見ても良いのかもしれない」と思い直した。


新装版 苦海浄土 (講談社文庫) -
新装版 苦海浄土 (講談社文庫) -
苦海浄土 わが水俣病 (講談社文庫) -
苦海浄土 わが水俣病 (講談社文庫) -


なので以下はだいたいが本書からの引用となる。それ以前にnoteに感想的な断片は載せていたのでこちらにもいちお載せておく。


「苦海浄土」ひとくぎり / 藤棚の季節の終わる前に|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n330f1adc07e7

早めに帰ったので風呂って読んでいた「苦海浄土」にまたズッポリとやられる。奥歯を噛み締めたくなるような悔しさと、涙が出そうになるような気持ちをぢっと耐えつつ、その静謐な怒りや悲しみ、諦観のような文体に身を任せる。聴いてるプレイリストが Jeremy Summerly のミサ曲なせいもあるのだろうけど。受難とか救いとか。


読み終わったり、あるいはぜんぶ読む前でも一区切りことになんかいいたい気持ちになるのだけど、これを生なかな言葉で感想するのもどうかなとおもったり。あるいは、批評的な視点や言葉で斜めに見るのも違和感がある。

単に味わい、自らのなかに沈殿させていけば良いのかもしれない。貧乏臭くいちいちアウトプットしなくても。特に「伝えなきゃ」でもなくこれほどの本なら知ってるひとは知ってるのだろうし、知らない人・関心がない人はそのままだろう。

全体的にヒロシマの被爆体験の話をみるような懐かしい温度、空気感がある。

外部から見るとフィクションにおもえるような想像を絶する悲惨。そういう言葉でさえ通り一遍等の形式的なもの、上っ面なものに思えてしまうような。そういう重い事実と生と死。

だからなかなか言葉に表しにくい。

フィクションに思えるといえばこの本自体がフィクション、SFにおもえるような構成もしている。「アルジャーノンに花束を」の「けーかほうこく(経過報告)」を想わせるような水俣病に関する医学的な、あるいは裁判資料的な記述。それが各被害者・罹患者のひとりがたり的な語りのルポルタージュの間にモンタージュされる。

ちょうど写真における白黒モノトーンとカラーの使い分けのように。その2つが交じり合い、別々の文体・語り方で表されていることでメリハリとなったリズムを生み出している。彼らの生が生きながらにして神話となっているような。あるいは、もうすでにそこにない生を慈しみ、惜しむかのようなまなざしや感情が全体を覆っている。




そのぶん、明日の昼には晴れるだろう|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n3cf60b636e21

「苦海浄土」についてまとめ的な感想とか批評めいたことは書きたくないなあとおもったのだけど、自分的に印象に残ったことばたちを留めるためにエントリしてもいいかもなあ、とか。引用メインで。
あとがきをみていたら、「あれはじつはルポルタージュではなく石牟礼さんのフィクションなのです。全面フィクションというか、彼女がインタビューした人の様子から紡ぎだした『この人ならこう言うだろう』というもの」、みたいなのを見てやっぱりなあと思う。やっぱりなあ、ていうかルポルタージュとしては受け止めていたのだけど、出来過ぎててフィクションというか、構成的にSFみたいだ、とかおもった部分がこのへんだったのかなあ、とか。

「石牟礼道子はこういったことばたちの巫女なのです。語りえぬ人々の、声にならない声の巫女なのです」

そういうのをみて自分もそういうのあるなあ / 感心されたなあそういや、とか。あと、特に知りもしない人のふところに潜り込んで話し聞くのもけっこう得意だったり。まあそれも合う合わないはあるのだけど、いわゆるとっつきにくく滅菌殺菌された東京都会人みたいな人じゃなければけっこうお話したりする。まあ話し聞いておもしろそうだったらだけど。

「断片的なものの社会学」とかみてても思うのだけど、こういうの自分もできるのかもなあ、とかなんとなく。

まあなにもないところでふだんからそれをやるのはちょっとハードル高いのだけど、ネタとしてみたいなインセンティブがあればそれなりにおもしろいのかもしれない。






以下は「苦海浄土」からの引用




潮の満ち干とともに秋がすぎる、冬がすぎる、春がくる。

そのような春の夜の夢に、菜の花の首にもやえる小舟かな、などという句をものして目がさめると、うつつの海の朝凪が、靄の中から展けてくるのだ。

そして「春一番!」という名の突風が一夜吹き荒れる。船の碇をひきちぎってゆくほどの風である。そのような風が来てしまえば、菜の花の朝凪とこもごもに、東風が吹き起こる。春の漁は不安定だ。だから、春は祭りや嫁取りの時期だ。ひとびとは忙しい。

水俣川川口の八幡様の舟津部落、丸島魚市場、二子島梅戸港、明神ケ鼻、恋路島、まてがた、月ノ浦、湯堂、筏道、磯ぞいの道をつないで歩けば海にむけて、前庭をひらいた家のどこかの縁に腰かけて、男たちが随時な小宴を張っている。理由は何でもいいのだ。雨憩(よけ)、風憩、日中憩、船底を焼いた後の憩、その他片っぱしに思いついただれやみ(疲れなおしの酒)を、二、三杯やれさえすれば、通りかかったものは呼びこまれる。

― おる家(が)の前を素通りする法があるか。挨拶に呑んでゆけ。

男たちは湯呑み茶碗をつきつけ、通行者が外来者で若くて焼酎にむせたりすれば目を細める。けろりと飲み干せばたちまち身内になれるのだ。そのような縁先に女房たちがいて、女客であれば、どっぷりとキザラや白砂糖を入れたシロップ様の番茶の馳走ににあずかるのである。砂糖は家々にホクソに(ふんだんに)使うほどあり余っているわけでもない。子どもたちが砂糖を盗みこぼしたりしているのをみつけると、女たちは大声をあげて追いかけまわす。

不知火海を漁師たちは"わが庭”と呼ぶ。だからここに、天草の石工の村に生まれて天草を出て、腕ききの石工になったものの、"庭”のヘリに家を建て、家の縁側から釣り糸を垂れて、朝夕のだれやみ用の魚を採ることを一生の念願として、念願かなって明神ケ鼻の"庭”のヘリに家を建て、朝夕縁先から釣り糸を垂らしていて、初期発病患者となって死亡した男がいても、庭に有機水銀があるかぎり不思議ではなかった。





ひととき、トラックの列が途絶え、小暗くかげった道の向こうはしに、雌雄判じがたい銀杏の古樹が、やはり根本からその幹にいつからこびりついたともわからぬ泥をべったりかさねて立っていた。

悠々とともってゆくような南国の冬の、暮れかけた空に枝をさし交わし、それなりに銀杏の古樹は美しかった。枝の間の空はあまりに美しく、私はくらくらとしてみていた。

突然、戚(せき)夫人の姿を、あの、古代中国の呂太后の、戚夫人につくした所業の経緯を、私は想い出した。手足を斬りおとし、眼球をくりぬき、耳をそぎとり、オシになる薬を飲ませ、人間豚と名付けて便壺にとじこめ、ついには息の根をとめられた、という戚夫人の姿を。

水俣病の死者たちの大部分が、紀元前三世紀末の漢の、まるで戚夫人が受けたと同じ経緯をたどって、いわれなき非業の死を遂げ、生き残っているではないか。呂太后をもひとつの人格として人間の歴史が記録しているならば、僻村といえども、われわれの風土や、そこに生きる生命の根源に対して加えられた、そしてなお加えられつつある近代産業の所業はどのような人格としてとらえねばならないか。独占資本のあくなき搾取のひとつの形態といえば、こと足りてしまうか知れぬが、私の故郷にいまだに立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の原語と心得ている私は、私のアニミズムを調合して、近代への呪術師とならねばならぬ。




わたくしが昭和二十八年末に発生した水俣病事件に悶々たる関心とちいさな使命感を持ち、これを直視し、記録しなければならぬという盲目的な衝動にかられて水俣市立病院水俣病特別病棟を訪れた昭和三十四年五月まで、新日窒水俣肥料株式会社は、このような人びとの病棟をまだ一度も(このあと四十年四月まで)見舞ってなどいなかった。この企業体のもっとも重層的なネガチーブな薄気味悪い部分は"ある種の有機水銀”という形となって、患者たちの"小脳顆粒細胞”や"大脳皮質”の中にはなれがたく密着し、これを"脱落”させたり"消失”させたりして、つまり人びとの死や生まれもつかぬ不具の媒体となっているにしても、それは決して人びとの正面からあらわれたのではなかった。それは人びとのもっとも心を許している日常的な日々の生活の中に、ボラ釣りや、晴れた海のタコ釣りや夜光虫のゆれる夜ぶりのあいまにびっしりと潜んでいて、人びとの食物、聖なる魚たちとともに人びとの体内深く潜り入ってしまったのだった。



安らかにねむって下さい、などという言葉は、しばしば、生者たちの欺瞞のために使われる。

このとき釜鶴松の死につつあったまなざしは、まさに魂魄この世にとどまり、決して安らかになど往生しきれぬまなざしであったのである。

そのときまでわたくしは水俣川の下流のほとりに住みついているただの貧しい一主婦であり、安南、ジャワや唐、天竺をおもう詩を天にむけてつぶやき、同じ天にむけて泡を吹いてあそぶちいさなちいさな蟹たちを相手に、不知火海の干潟を眺め暮らしていれば、いささか気が重いが、この国の女性年齢に従い七、八十年の生涯を終わることができるであろうと考えていた。

この日はことにわたくしは自分が人間であることの嫌悪感に、耐えがたかった。釜鶴松のかなしげな山羊のような、魚のような瞳と流木じみた姿態と、決して往生できない魂魄は、この日からわたくしの中に移り住んだ。




うちのような、こんなふうな痙攣にかかったもんのことを、昔は、オコリどんちいいよったばい。昔のオコリどんさえも、うちのようには、こげんしたふうにゃふるえよらんだったよ。

うちは情なか。箸も握れん、茶碗もかかえられん、口もがくがく震えのくる。付添いさんが食べさしてくれらす、そりゃ大ごとばい、三度三度のことに、せっかく口に入れてもらうても飯粒は飛び出す。汁はこぼす。気の毒で気の毒で、どうせ味もわからんものを、お米さまをこぼして、もったいのうてならん。三度は一度にしてもよかばい。遊んどって食わしてもらうとじゃもね。

いやあ、おかしかなあ、おもえばおかしゅうしてたまらん。うちゃこの前えらい発明ばして。あんた、人間も這うて食わるっとばい。四つん這いで。

あのな、うちゃこの前、おつゆば一人で吸うてみた。うちがあんまりこぼすもんじゃけん、付添いさんのあきらめて出ていかしたから、ひょくっとおもいついて、それからきょろきょろみまわして、やっぱり恥ずかしかもんだけん。それからこうして手ばついて、尻ばほっ立てて、這うて。口ば茶碗にもっていった。手ば使わんで口を持っていって吸えば、ちっとは食べられたばい。おかしゅうもあり、うれしゅうもあり、あさましかなあ。扉閉めてもらうて今から先、這うて食おうか。あっはっはっは。おかしゅうしてのさん。人間の知恵ちゅうもんはおかしなもん。せっぱつまれば、どういうことも考え出す。

うちは大学病院に入れられとる頃は気ちがいになっとったげな。ほんとに気ちがいになっとったかも知れん。あんときのこと、おもえばおかしか。大学病院の庭にふとか防火用水の堀のありよったもんな。うちゃひと晩その中につかっとったことのあるとばい。どげん気色のしよったじゃろ、なんさまかなしゅうして世の中のがたがたこわれてゆくごたるけん、じっとしてしゃがんどった。朝になってうちがきょろっとしてそげんして水の中につかっとるもんやけん、一統づれ(みんな揃って)、たまがって騒動じゃったばい。あげんことはおかしかなあ。どげんふうな気色じゃろ。なんさま今考ゆれば寒か晩じゃった。

うちゃ入院しとるとき、流産させられしたっばい。あんときのこともおかしか。

なんさま外はもう暗うなっとるようじゃった。お膳に、魚の一匹ついてきとったもん。うちゃそんとき流産させなはった後じゃったけん、ひょくっとその魚が、赤子(やや)が死んで還ってきたとおもうた。頭に血の上るちゅうとじゃろ、ほんにああいうときの気持ちというものはおかしかなあ。

うちゃ赤子は見せらっさんじゃった。あたまに障るちゅうて。

うちは三度嫁入りしたが、ムコ殿の運も、子運も悪うて、生んでは死なせ、今度も奇病で親の身が大事ちゅうて、生きてもやもや手足のうごくのを機械でこさぎ出さした。申しわけのうして、恥ずかしゅうしてたまらんじゃった。魚ばぼんやり眺めとるうちに、赤子のごつ見ゆる。

早う始末せんば、赤子しゃんがかわいそう。あげんして皿の上にのせられて、うちの血のついとるもんを、かなしかよ。始末してやらにゃ、女ごの恥ばい。

その皿ばとろうと気張るばってん、気張れば痙攣のきつうなるもね。皿と箸がかちかち音たてる。箸が魚ばつつき落とす。ひとりで大騒動の気色じゃった。うちの赤子がお膳の上から逃げてはってく。

ああこっち来んかい、母しゃんがにきさね来え。

そうおもう間もなく、うちゃ痙攣のひどうなってお膳もろともベッドからひっくり返ってしもうた。うちゃそれでもあきらめん。ベッドの下にペタンと坐って見まわすと、魚がベッドの後脚の壁の隅におる。ありゃ魚じゃがね、といっときおもうとったが、また赤子のことを思い出す。すると頭がパアーとして赤子ばつかまゆ、という気になってくる。つかまえようとするが、こういう痙攣をやりよれば、両の手ちゅうもんはなかなか合わさらんもんばい。それがひょこっと合わさってつかまえられた。

逃ぐるまいぞ、いま食うてくるるけん。

うちゃそんとき両手にゃ十本、指のあるということをおもい出して、その十本指でぎゅうぎゅう握りしめて、もうおろたえて、口にぬすくりつけるごとして食うたばい。あんときの魚は、にちゃにちゃ生臭かった。妙なもん、わが好きな魚ば食うとき、赤子ば食うごたる気色で食いよった。奇病のもんは味はわからんが匂いはする。ああいう気色のときが、頭のおかしうなっとるときやな。かなしかよ。指ばひろげて見ているときは。





あねさん、この杢のやつこそ仏さんでござす。

こやつは家族のもんに、いっぺんも逆らうちゅうこつがなか、口もひとくちもきけん、めしも自分で食やならん。便所もゆきゃならん。それでも目はみえ、耳は人一倍ほげて、魂は底の知れんごて深うござす。一ぺんくらい、わしどもに逆ろうたり、いやちゅうたり、ひねくれたりしてよかそうなもんじゃが、ただただ、家のもんに心配かけんごと気い使うて、仏さんのごて笑うとりますがな。それじゃなからんば、いかにも悲しかよな眸(め)ば青々させて、わしどもにゃみえんところば、ひとりでいつまっでん見入っとる。これの気持ちがなあ、ひとくちも出しならん。何ば思いよるか、わしゃたまらん。

こりゃ杢、爺やんな、ひさしぶりに焼酎呑うで、ちった酔いくろうた。

杢よい。

こっちいざってけえ、ころんころんち、ころがってけえ。





あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。

これより上の映画のどこにゆけばあろうかい。

寒うもなか、まだ灼け焦げるように暑うもなか夏のはじめの朝の、海の上でござすで、水俣の方も島原の方もまだモヤにつつまれて、そのモヤを七色に押しひろげて陽様(ひいさま)の昇らす。ああよんべはえらい働きをしたが、よかあ気色になってきた。


かかさまよい、こうしてみれば空ちゅうもんは、つくづく広かもんじゃある。

空は唐天竺までにも広がっとるげな。この舟も流されるままにゆけば、南洋までも、ルソンまでも、流されてゆくげなが。唐じゃろと天竺じゃろと流れてゆけばよい。

いまは我が舟一艘の上だけが、極楽世界じゃのい。











といったふうに続けられる対話が、まさか現実の対話の記録であるとは誰も思うまい。これは明らかに、彼女が見たわずかの事実から自由に幻想をふくらませたものである。しかし、それならば、坂上ユキ女の、そして江津野老人の独白は、それとはちがって聞きとりノートにもとづいて再構成されたものなのだろうか。つまり文飾は当然あるにせよ、この二人はいずれもこれに近いような独白を実際彼女は語り聞かせたのであろうか。


以前は私はそうだと考えていた。ところがあることから私はおそるべき事実に気づいた。仮にE家としておくが、その家のことを書いた彼女の短文について私はいくつか質問をした。事実を知りたかったからであるが、例によってあいまいきわまる彼女の答えをつきつめて行くと、そのE家の老婆は彼女が書いているような言葉を語ってはいないということが明らかになった。瞬間的にひらめいた疑惑は私をほとんど驚愕させた。「じゃあ、あなたは『苦海浄土』でも……」。すると彼女はいたずらを見つけられた女の子みたいな顔になった。しかし、すぐこう言った。「だって、あの人が心のなかで言っていることを文字にすると、ああなるんだもの」。


この言葉に『苦海浄土』の方法的秘密のすべてが語られている。それにしても何という強烈な自信であろう。誤解のないように願いたいが、私は何も『苦海浄土』が事実にもとづかず、頭の中ででっちあげられた空想的な作品であるだなどといっているのではない。それがどのように膨大な事実のデテイルをふまえて書かれた作品であるかは、一読してみれば明らかである。ただ私は、それが一般に考えられているように、患者たちが実際に語ったことをもとにして、それに文飾なりアクセントなりをほどこして文章化するという、いわゆる聞き書の手法で書かれた作品ではないということを、はっきりしておきたいのにすぎない。本書発刊の直後、彼女は「みんな私の本のことを聞き書だと思ってるのね」と笑っていたが、その時私は彼女の言葉の意味がよくわかっていなかったわけである。

患者の言い表していない思いを言葉として書く資格を持っているというのは、実におそるべき自信である。石牟礼道子巫女説などはこういうところから出て来るのかも知れない。




















関連でいまはこれらを読み進めてる。

石牟礼道子 ---魂の言葉、いのちの海 (KAWADE道の手帖) -
石牟礼道子 ---魂の言葉、いのちの海 (KAWADE道の手帖) -


食べごしらえおままごと (中公文庫) -
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「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか -
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漂白される社会 -
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